踏み切りを渡っていると、すれ違いざまに呼び止められました。
「帰りの電車賃がなくて困ってるんです。貸してもらえませんか?」
わたしは「家族に迎えに来てもらえば?」「警察に相談してみれば?」と提案するのですが、どれも嫌だと言う。
そうこうしているうちに、カンカンカンと警報機が鳴り出しました。
「踏み切りから出ましょう」
わたしがそう言って歩き出そうとすると、その人はわたしの腕を掴んできました。
「電車くるから、危ないから」と言うわたしの心配をよそに、腕を引っ張って踏切内に留まらせようとします。
顔を見ると半笑いです。
― この人、おかしい ―
電車が近くまで迫ってきています。
わたしは必死に手を振りほどきました。
踏切から出て振り返ると、その人はその場に立ち竦んだまま
「もうちょっとだったのに!」
と叫ぶと、電車に轢かれてしまいました。
電車が通過したあとを見ると、轢かれたはずの人はどこにもいませんでした。
ふと、視線を落とすと、警報機の脇の献花が目に入りました。
文章:百百太郎
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