前回まで
・小説:『知的障碍を発症した女性は、入院先で少女と出会う 上』
・小説:『知的障碍を発症した女性は、入院先で少女と出会う 中』
前回からの続き
さくらの死
さくらは一か月後ではなく、一週間後にあの世に旅立つこととなった。
集中治療室で懸命な治療を行うも、容態は回復することはなかった。植物状態のまま、あの世へと旅立っていった。
他人を信じていれば、もう少し生きられたのかな。病院関係者と絶縁状態になっていたことが死を早めてしまった。
さくらとは一度しか話すことはできなかったけど、優の心に深く焼き付いた。いわれたことをすぐに忘れてしまうタイプだけど、このことについては一生忘れないと思われる。
病室の中には五〇くらいの女性が立っていた。さくらと目元がそっくりなことから、親族なのかなと推察した。
おばさんはこちらにゆっくりと近づいてきた。大きな悲しみに包まれているのか、頬はやつれている。
トイレに行こうかなと思っていると、おばさんから声をかけられることとなった。一般人と二人きりでやり取りをする機会はほとんどないため、大きく動揺することとなった。
「さくらとやり取りをしていたのを、看護婦から聞きました。あの子と会話してくれてありがとう」
おばさんは空に向かって一息ついたのち、ゆったりとした口調で話を続ける。半分は自分に言い聞かせているかのようだった。
「あの子は病気を抱えてから、第三者と関わるのをやめてしまったの。血のつながっている父、母、姉、妹とも口を利かなかった」
一般人を「青酸カリ」にたとえるくらいだから、他人のことをよっぽど嫌っていたと思われる。血のつながっている身内とて例外ではなく、言葉を交わさなくなっていた。
「病気はあの子からすべてを奪ってしまった。入院前までは心の優しい女の子だったのに・・・・・・」
桜の笑顔は入院する前、他人を「青酸カリ」とたとえたのは入院後の姿だったのかな。病気一つで、人生に暗雲が立ち込めてしまったことになる。
「さくらちゃんはどうして、他人を嫌うようになったのですか」
「病気の予兆が現れるようになってから、同級生にバカにされるようになったみたいなの。それまでは親しくしていただけに、裏切られたショックは大きかったんじゃないかな」
病気によって他人から差別されたのは、知的障碍として誕生した自分とどことなく似ているような印象を受ける。病気、障碍の二つは同じようなものなのかもしれないなと思った。
おばさんは質問をぶつけてきた。前の話はどうでもよく、ここについて知りたかったのかなと思える。
「人生に絶望していた娘とどのように話したの」
「特に何もしていません。さくらちゃんから声をかけてくれました」
女性の瞳は大きく剥かれることとなった。自分から話しかけるということを想定していなかったと思われる。
さくらが声をかけてきたのは、病気であることを察していたからではなかろうか。人間という生き物は、共通項を持っているタイプを察する力を備えている。
おばさんはいろいろと訊きたいのだろうけど、深くは追及してこなかった。娘の死と向き合うことに必死で、こちらにかまっていられないのかもしれない。
病室の外では桜が舞っていた。優はわずか一日しか話せなかった、十歳の少女のことを頭に思い浮かべていた。彼女は花びらと同じように、綺麗な色に染まっているといいな。
優は彼女のネームプレートを見ると、「ありがとう」とそっと囁いた。直後、シーツは少しだけ揺れたような気がした。
完
文章:陰と陽