コラム

小説:『自分の道(9)』

前回まで

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前回からの続き

 

 恋人

 浩紀との関係を修復するのは難しいのかな。佳純は一人ぼっちで登校しながら、そのようなことを考えていた。

 大切な人との関係に亀裂を入れたのは幼馴染。自分から交際をして関係を終わらせただけでなく、他人の交際も妨害しようとしている。人としてあるまじき行動ではなかろうか。

 恋人は遠くに行ってしまうのだろうか。そのように考えると、いてもたってもいられなくなり、地面の小石を蹴ってしまった。

 佳純の蹴った石は絶壁にあたったあと、不規則に飛ぶこととなった。ランダムな軌道は、自身の精神の不安定さと重なっていた。

 小石をもう一つくらい蹴飛ばそうかなと思っていると、浩紀の陽気な声が鼓膜を通過する。

「佳純、おはよう」

 一週間ぶりに聞いた声からは、おどおどした様子は感じなかった。幼馴染と二人きりの場面を目撃する前の浩紀だった。

「浩紀、おはよう」

 一週間ぶりに顔を合わせているのに、まるで一年以上も経過したように感じられた。大切な人だと長く感じるのかもしれない。

「心の整理をつけてきたから、もう大丈夫だよ」

 一週間で心の整理をしてくるなんて超人業だ。佳純には絶対に真似できない。琢磨が交際を開始させたときは、数週間を要することとなった。

「佳純、これからもよろしく」

 二つの瞳から透明な液体が落ちていた。男の前では泣かないと決めていたのに、感動で涙が流れてしまった。

「ありがとう・・・・・・」

 浩紀はそっと手のひらを差し出してきた。

「手をつなごう」

 佳純は無我夢中で、彼氏の掌をつかんでいた。もう離れたくない、ずっとそばにいてほしいという感情がふんだんに詰め込まれていた。

 二人の指が絡まった直後だった。一週間前に開花したばかりの桜の花びらが付着することとなった。

「花びらはとってもきれいだね」

 桜の花びらはどうしてこんなに綺麗な色をしているのだろうか。人間にとっては憧れの象徴といえる。

 浩紀はいつにもなく、大胆な発言をする。

「佳純の方がとっても綺麗だよ」

 心の準備をしていなかったので、顔は真っ赤に染まることとなる。

「お世辞をいっても、何も出てこないからね」

「そんなことない。僕にとっては一番素敵な女性だよ」

 麻衣のような美貌を持っていなくとも、綺麗だとほめてもらえる。佳純はそのことに対して、心が躍っていた。

 二人きりのデートを楽しめるかなと思っていると、クラスメイトの翠から声をかけられた。

「二人は朝からバカップルぶりを発揮しているね。仲睦まじくて羨ましい」

 佳純は恥ずかしさのあまり、顔を赤らめてしまった。浩紀も同じように、顔を紅潮させていた。

 翠が恋人に対して挨拶をする。二人は以前から顔なじみであることを、初めて知ることとなった。

「浩紀、おはよう」

 浩紀も気さくな声で挨拶を返していた。

「翠、おはよう」

 下の名前で呼び合っていることに気づき、その部分を指摘することにした。

「二人は下の名前で呼び合っているけど、もしかして恋人なの」

 翠はおかしいのか、口元に手を当てていた。

「浩紀の恋人は佳純でしょう。私たちは従兄妹で、幼少期から仲良くしているの。そのときの習慣で、下の名前で呼んでいるんだ。いつかは直そうかなと思ったけど、そのまま来てしまった」

 浩紀と翠が従兄妹であるという事実に、目の玉が飛び出しそうになった。二人は全くといっていいほど似ていない。 

「私たちは全然似ていないからね。親戚であることを伝えるたびに驚かれるんだ」

 浩紀、翠の二人を見比べる。肌の色、目や鼻の形、口元などは全部違っているではないか。性格も全然異なるから、完全に赤の他人にしか見えなかった。

「二人はやり取りをしているの」

「稀にしているよ。従兄妹だから顔を合わせる機会もある」

 正月、ゴールデンウィーク、お盆などは顔合わせするのかなと思っていると、翠はこちらの知らなかった情報を打ち明けてきた。

「佳純の幼馴染が交際を開始させたことは伝えた。浩紀は一年生の秋ごろに、佳純に好意を持っていたのを聞かされたからね」 

 浩紀のタイミングがぴったりだったのは、翠からもたらされた情報によるものだったのか。内側にスパイがいることは全く想定していなかった。

「浩紀が一直線に恋愛を申し込むとは思わなかったから、佳純から聞かされたときはおおいに焦ったよ。佳純は疑いを持っていなかったから、心の中で安堵していた」

 浩紀はそのときの心境を披露した。

「佳純に告白するチャンスを逃したくなかったもの」

 翠の情報によって、交際する機会を得た。そのことに心から感謝している。

「数日前に仲たがいになったと聞いて、仲介役を担ったのは私だよ。現状を伝えたら、心はすっきりしたみたい」

 翠がいたからこそ、二人の関係は壊れずにすんだ。彼女は恩人と呼ぶにふさわしい人間なのに、一瞬であっても疑ってしまったことを悔やんだ。

 浩紀は当時の胸の内を明かす。

「翠がいなかったら、心の整理をつけられなかったかもしれない」

 佳純は恩人に感謝の気持ちを伝える。

「翠、ありがとう。これからも大切にするね」

 翠は従兄妹に視線を送っていた。

「浩紀、大切な親友を泣かせるようなことをしたら、承知しないからね」

 浩紀は握っている手の力をやや強める。

「うん。大切にするよ」

 佳純の心の中で春の予感がひしめいていた。この人とずっと一緒にいられるといいな。

 

(完)

 

文章:陰と陽

 

画像提供元 https://foter.com/photo4/silhouette-of-couple-embracing-on-beach-at-sunset/ 

 

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