前回まで
前回からの続き
葛藤
佳純は昼休憩時に、男性から告白されたことをクラスメイトに話した。
果歩は衝撃が大きかったのか、目の玉が飛び出しそうになっていた。佳純が交際を申し込まれるとは考えていなかったのかな。
「佳純、告白されたんだ」
大きな声を発したために、クラスメイトの全員に知られることとなる。佳純としては、もうちょっと自制してほしかった。
「うん、突然だったからびっくりしちゃった」
果歩はまるで自分が告白されたかのように、話を進めてきた。誰かに告白されたというケースにおいて、当人よりも第三者が興味を持つのはよくある話だ。
「うちの生徒なの、それとも別の学校の人」
佳純は前触れもなく交際をしてきた男性を告げる。インパクトが強かっただけに、強烈に脳裏に焼き付いている。
「私の学校の生徒だよ。4組の深水さん」
果歩は知っているのか、手をポンと叩いていた。
「前のめりになりすぎることもあるけど、相手のことはきっちりと考えようとする。悪い男ではないから安心して」
反面教師の話を聞いても、ためになるとは思えない。恋愛経験豊富な美穂、翠からの情報を入手したかった。
佳純が目配せをすると、翠は小さく首を縦に振った。こちらの意図を目線だけでくみ取ったようだ。
「深水さんは包容力のある男性だよ。佳純はいい人に恵まれたね。私も狙っていた時期があるけど、他の異性と付き合うことになったから、縁はなかった」
翠から高評価を得ているという話を聞き、積極的に恋愛してみようと思えるようになった。彼女の評価が悪ければ、見送る方向性で検討していたかもしれない。
深水と交際をしようかなと思っていると、翠から的確な指摘をされた。
「誰かの意見を聞くより、自分の感性を優先したほうがいいよ。私にとってはよくても、佳純にとっていいとは限らないでしょう」
佳純は納得したように、二、三度うなずいた。
「そうだね。的確な指摘をしてくれてありがとう」
人間関係において、相性は大きな部分を占める。佳純にとってはよくても翠には悪い、翠にとってはよくても佳純にはよくないというのは普通に起こりえる。
翠はさらに踏み込んだ発言をする。
「誰かに相談している時点で、後ろ向きになってしまっている。異性と交際するときには、前向きな状態でなくてはいけないよ。気配りをすることに重点を置く対人関係とは、性質は異なる」
自分が交際したいと思うのなら一直線に突っ込んでいる。誰かに話している時点で、交際する意思は薄れているのかもしれない。
雪野はこちらの意思を確認してきた。
「佳純はどうしようと思っているの」
佳純は顎に手を当てて考え込む。重大な選択だけに、すぐに結論を出すことはできない。
「まだ判断しかねる状態。もうちょっとだけ相手のことを知ってから考えたい」
石橋をたたきすぎるのもどうかと思うけど、出会って数日の人間と交際するのはもっとありえない。どのような人であるかといった情報は収集せねばなるまい。
交際の世界に足を踏み入れることに恐怖を感じながらも、前に進みたいという意向もある。どちらの気持ちが最終的に勝るのかはわからない。
箸でつまんだ卵焼きが目に入った。渦巻きを見ていると、佳純自身の感情と重なるような気がした。交際する、交際しない、二つの相反する感情が交錯していた。
真剣に交際を考えようとしている女性に対し、翠はうんうんと頷いていた。
「恋愛について悩むことによって、人間は大きく成長していくよ。うまくいかなかったとしても、未来にとってプラスになる」
人生でいろいろな経験をしたけど、恋愛は特殊な部類に入る。他では決して真似できない領域だ。
「佳純が交際したら、彼氏歴がないのは私だけになるね」
果歩は一週間前にも交際を申し込んだものの、見事なまでに玉砕していた。連敗記録は13に伸びることとなった。
交際に発展しないのは、相手のことを考えていないから。土足で家にあがりこむような異性と付き合いたいと思う男性は少ない。あれで捕まるとすれば、恋愛依存症にかかっている男子生生徒くらいだ。
佳純は交際に発展しない女のことよりも、自分の未来について考えていた。深水と交際するかは、将来を大きく左右するような気がしてならなかった。
次回へ続く
文章:陰と陽
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