コラム

小説:『自分の道(2)』

 

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小説:『自分の道(1)』

 

前回からの続き

 

転機

 琢磨は相談から一週間と経たないうちに、交際をスタートさせた。佳純の一声によって、幼馴染の背中を強烈に後押しした格好となった。

 幼馴染に交際しないでほしいと、伝えていたら結果は変わっていたのかな。後の祭りかもしれないけど、どうなっていたのかを知りたい。

 交際を開始させた幼馴染から、距離を取ってほしいと伝えられた。麻衣との交際をスタートさせたことで、これまでのように接することは許されないのを悟った。

 幼馴染との未練を引きずってもメリットはない。佳純はスマートフォンに登録してある電話番号、メールアドレスを消去することとなった。琢磨の交際を邪魔しないためというより、彼の存在を頭から消してしまうため。長さよりも深さを優先させた男を思い出す機会を減らさなくてはならない。

 佳純はクラスメイトと昼食をとっていた。

 学校では学食を取る人、弁当を持ってくる人の二パターンにわかれる。男子は学食でうどん、ラーメンを食べる人が多く、女子は教室内で弁当を食べる人が多数を占める。売店が男子の好きそうなメニューばかりを取り揃えていることが大いに影響していると思われる。

 佳純は弁当だった。中身はごはん、のり、卵焼き、そぼろ肉の炒め物、ベーコンのキュウリ巻き、リンゴだった。母の美咲が店頭で販売する弁当のあまりもので埋め尽くされていた。

残り物であったとしても、不満は全くなかった。店で売り出す商品とあって、味は家庭で出すものよりもワンランク、ツーランクも上だった。お金をいただく商品、家族に食べさせるご飯はわけているのを感じさせた。

佳純は卵焼きを口にする。しっかりと下味のついている卵から、かすかな甘みを感じさせる。砂糖ではなく、みりんを入れているのかな。

鶏のから揚げを口にする。醤油味の出汁に隠し味が入っているのか、レモンさながらの酸味を感じさせる。

 太刀川美穂から幼馴染の話を持ち出される。琢磨が交際を開始させてからは、あまり触れられていなかっただけに、唐突な印象を受けた。

「倉橋君と交際するのは、佳純しかいないと思っていたのに」

 普段から親しくしている美穂、沖野雪乃、大山果歩、板橋翠には、琢磨が他の異性と交際したことを伝えた。恋愛事情を伝えることにより、幼馴染との関係に深入りするのを避けた。

 雪乃は箸を止めたのち、美穂の意見に賛同する。

「そうだよ。あんなに親しくしていたじゃない。高校生になってからも、プライベートでちょくちょく会っていたんでしょう」

 佳純は二、三度、軽い瞬きをする。

「親しくしていたのは錯覚だったのを思い知らされた。私たちは幼馴染であって、恋人ではなかったんだよ」

 友達、恋人にはれっきとした差がある。埋めようとしてもなかなか埋められるものではない。

 幼馴染が恋人になる確率はあまり高くないといわれる。幼少期から一緒にいるため、男子と女子という間柄にはなりにくいのかもしれない。小学校時代からクラスメイトだった異性より、高校時代に初めて顔を合わせた異性と交際するカップルは多い。 

 大山果歩は水筒に入った、お茶を飲んでいた。

「麻衣ちゃんは美人で有名だからね。並の女性では勝負にすらならないかも」

 麻衣と会ったことはないものの、噂はちょくちょく入ってくる。学校内でトップクラスの美女であるともちきりである。

 周囲があまりにも持ち上げすぎるため、半分くらいはデマかなと思っている。同じ人間でそこまで変わるのは現実的ではない。

 美穂はよりはっきりとした言い方で、二人の女性を表現した。

「佳純と麻衣を比較すると、月とすっぽんだよ」

 麻衣にかなわないと分かっていても、はっきりといわれるのは心外だった。佳純は月とすっぽんと発言した女性に抗議する。意味はないとわかっていても、黙っていることはできなかった。

「美穂、月とすっぽんは失礼じゃないかな」

 美穂は圧に押されたかのように、頭を下げている。社交辞令さながらだったので、謝る気持ちは一ミリもないのははっきりとわかった。

「ごめん、ごめん。思わず本音が漏れちゃった」 

 麻衣と比較したら、美穂だって月とすっぽんではないか。自分の容姿は平凡なくせに、他人のことをいうのはけしからん。

 果歩は現状の心境を確認してきた。佳純を心配しているというより、興味本位で話しているように感じられたので、眉間に皺を寄せる。

「佳純はこのままでいいの。倉橋君のことが大好きじゃないの」

 佳純は自分でも驚くくらい、あっさりとした口調で話をする。心の中に別の魂が乗り込んだかのように感じられた。

「いいよ。手に届かないところに行った、男を追いかけても意味ないよ」

 当初は涙をぽろぽろと流していたものの、一週間前くらいからは自然体に近い状態でいられるようになった。

 平常心に近づいていったのは、第三者と交際をスタートさせたことによって、愛情が急降下したため。火にかけ続けていたフライパンが、一気に熱から解放されたかのようだった。

 雪乃は醒めた口調で話す女性に対し、哀愁の眼差しを向けていた。

「佳純はやけにあっさりとしているんだね。私なら力づくで、取り戻そうとすると思う」

 第三者から奪い取るという選択肢も視野に入るところだけど、最終的に容認する姿勢を取った。十年以上一緒にいるのに、好きになってもらえない事実は重い。

 果歩はあっさりとしている女性に、忠告を入れてきた。

「佳純は恋愛に関しては消極的すぎるよ。そんなことだと、チャンスをつかめないよ」

 果歩は猪突猛進タイプで、ターゲットに何度も交際を申し込んだ。結果は撃沈続きで、いまだに彼氏を作れていない。交際する機会をつぶしてしまっているため、アクションを起こしていない、佳純よりもチャンスは少なくなっている。

 原因については明白だ。相手をはっきりと見ないまま、交際を申し込んでいく。ずけずけと入り込んでくるような女性と交際しようとする男子はほとんどいない。

 あまりにも無謀すぎる恋愛に、翠、美穂は友達から始めるようにアドバイスを送っている。ただ、果歩は耳を貸そうとはしない。親しくなりたい男性は、恋人でなくては気が済まない性格が災いしている。

 美穂は同級生と交際中。二人が一緒にいるところを見ていないため、どのような人と交際しているのかはわからない。学校内の人間ではないと思われる。

 雪野は交際していたものの、三か月前に破局。現在はフリーとなっており、新しい彼氏を募集しているとのこと。交際期間は半年にも満たなかったことから、長続きしたとはいえない。

破局したにもかかわらず、新しい男性を探そうとする積極性は羨ましい。こっぴどい振られ方をすると、次の恋愛に進むのは難しくなる。佳純が当事者ならば、当分は一人でいたいと考えそうだ。

 四人に遅れて、翠が昼食に参加。彼女は学校の用事で、担任に職員室に呼ばれていた。

 翠には交際して四年になる彼氏がいる。中学校時代からの付き合いを続けるカップルはあまり耳にしない。お互いを大事にしているのを感じさせる。

 翠は話に参加していなかったにもかかわらず、ずっとそこにいたかのような口調で話をした。

「佳純が他の男性にも目を向けられるようになるなら、倉橋君の交際は悪くないかもしれないね。何かの呪縛にかかっていたみたいだもの」

 佳純は小さく首を傾げる。

「そうかな」

 翠は小さく頷いた。さりげないしぐさの中に、深い意味が込められているように感じられた。

「傍目から見ていると、宗教信仰者みたいだった。一種の危なさを感じさせるレベルだったよ」

 琢磨が交際を開始させるまでは、彼ばかりを見ていたのは確かだ。他の男性については眼中にすらなかった。

「佳純が新しい未来に出発できるなら、今回の件はいいように作用するかもしれないね」

 翠から励まされたからか、未来に向かっていこうと思えるようになった。四年間の実績を持つ女性からのアドバイスは重みを伴っていた。

 

次回へ続く

 

文章:陰と陽

画像提供元 https://foter.com/photo4/beach-ray-sand/

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