前回まで
前回からの続き
距離感
デートをしているにもかかわらず、男女の掌は離れたままだった。浩紀と交際を開始させてから、このようなことは一度もなかった。
佳純は手を重ねたいと思ったものの、浩紀は受け入れそうな雰囲気ではない。拒絶されるのを恐れるあまり、彼の手を握ることはできなかった。
時間をかけて少しずつ関係を築き上げてきたのに、たった一度のことで崩壊するのは避けたかった。佳純はどうにかして状況を打開できないか、と必死に知恵を振り絞る。
路上に生えている草木が目に入る。ゆらゆらとなびいているところは、人間の心の移り変わりを連想させた。浩紀の心もあんなふうに、遠くに行ってしまうのかな。
浩紀は不安が大きいのか、えくぼをくぼませている。幼馴染に心変わりしないかということが、気になってしょうがないようだ。
「佳純は幼馴染のことをどう思っているの」
佳純は現状についてシンプルに説明する。
「地上にいる一人の男だよ」
以前は恋心を持っていたという部分は、墓場まで持っていかなければならない。会社の個人情報よりも、厳重に管理する必要がある。
浩紀はこれまで幼馴染の話をすることはなかった。一度は聞いておきたかったのだろうけど、関係に亀裂を入れないように自重していたのだと思われる。
琢磨が空気を読んでいれば、ぶりかえさせることはなかった。幼馴染の犯した罪は、言葉で言い表せないほど重い。
現状は幼馴染に対する恋愛感情は一ミリもない。他の異性と交際を開始させたことで、自分は利用されていただけだと悟った。そのときから、幼馴染に対する熱は急降下することになる。
「学校内では二人が恋人であるという噂は絶えなかった」
幼馴染は恋人と勘違いされやすい一面を持つ。当人間の事情はなかなか考慮されにくい。
「過去はそうかもしれないけど、現状は全然違うよ。二人の関係は完全に清算された」
「それならいいけど・・・・・・」
いつもは堂々としているのに、本日は弱々しさを感じさせる。心が離れていくのを恐れているようだ。
「交際を開始させる前に、倉橋君の彼女である、白石さんと話をする機会があったんだ。彼女の話によると、幼馴染の心は佳純にあるように感じるといっていた」
クラスメイトだから話す機会はあるだろう。麻衣から伝達された情報は、浩紀にとっては受け入れがたい内容だ。
浩紀は手をもじもじとさせていた。彼の心の中は安定していないのかもしれない。
「佳純も心のどこかで幼馴染とよりを戻そうとしていると思うと、いてもたってもいられなくなるんだ」
こちら側としては、500パーセントありえない。麻衣の話を聞いたことで、確固たるものとなった。
「私の中では、幼馴染が交際をスタートさせた時点で終わったの。元に戻ることはもうないよ」
浩紀は静かに空を見つめ、思いにふけっている。佳純の言葉は一ミリも耳に入っていないのかもしれない。
浩紀は静かに口を開いた。佳純としては最も恐れる展開だった。
「心の整理をしたいから、当分の間は会うのをやめよう」
このまま破局につながるかもしれない。そのように思うと、佳純はいてもたってもいられなくなった。
浩紀に声をかけようと思ったものの、彼はすでにどこかにいなくなってしまっていた。
次回へ続く
文章:陰と陽
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