コラム

小説:『彼女との約束(7)』

 

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小説:『彼女との約束(6)』

 

前回からの続き

 

十両昇進及び桜との再会

 番付編成会議で十両昇進が決まった。前相撲から三年かけて、関取の地位をつかんだ。

 師匠は十両昇進を褒めてくれるのかと思っていたら、喝を入れてきた。こういうときくらいは、「おめでとう」をいえないのかな。

「来場所からが本当の勝負だ。気合を入れて行けよ」

母からは「おめでとう」という言葉をかけられた。本音は社会人として働いてほしいのかもしれないけど、息子の十両昇進を素直に祝福した。

 父からは特に何もいわれなかった。息子を跡取りとする当てを外したことで、拗ねてしまったかのようだ。

三年間は長いようで、あっという間だったのではなかろうか。好きなことをやっていると、流れは非常に早く感じる。

 十両の扱いを受けるのは、正式な番付が決まってから。それまでは力士用成員としての生活を送る。

十両昇進後に師匠から一人部屋を与えるといわれたので、夢桜は借りることにした。番付を安定させるまでは、アパート暮らしはリスクが高い。幕下に落ちた場合は、即座に解約しなくてはならない。

関取になることで、高額な給料をもらえる。一か月あたりで110万円というのは、サラリーマンではなかなかもらえない。諸手当などもあるので、給料はさらに膨れ上がる。年収に換算すると1711万円になる。

 十両以上では、幕下以下とは事なり、違う色の廻しをつけて土俵に上がってもよいとされている。夢桜は青色の廻しを新調することにした。当初はピンクにしようかなと思っていたものの、前の彼女をずるずる引きずってもしょうがない。前を向いて生きていきたい。

十両に昇進したので、夢桜という四股名も変更しようかなと考えている。前の彼女を引きずるのではなく、新しい未来に向かって前進したい。

 十両に昇進しても、負け越せばすぐさま幕下に陥落する。相撲界は厳しい実力社会にさらされている。

 夢桜は久しぶりに公園を散歩する。相撲界に足を踏み入れてから、こんなにのんびりしたことはなかったのではなかろうか。

ゆったりと歩いていると、見覚えのある顔と出くわした。高校時代に結婚しようと伝えた、夢白桜だった。

相撲界に入ってからは一度も会っていなかったので、おおよそ三年ぶりの顔合わせとなる。夢桜はブクブクと超えたのに対し、桜はやせているようにすら感じた。

 桜は架空のマイクを片手に、インタビューのまねごとをする。

「夢桜さん、十両に昇進する気持ちをお聞かせください」

 夢桜は胸の中にある思いを率直に打ち明ける。

「関取に上がるのを目標としていたので、素直にうれしいです」

 桜はいたいところを堂々とついてきた。物怖じしない性格は高校時代から変わらない。

「高校時代の約束は果たせなかったようですね。どのような心境なのかお聞かせください」

 目の前にいるはずなのに、世界で一番遠いように感じられた。

「彼女との約束は果たせなかったけど、関取になることはできました。そのことについてはよかったと思います」

 幕下昇進場所で気を抜いていなかったら、桜との約束を果たせていたのかな。天狗になってしまったことを後悔した。

 桜と思いもよらない方向に話を進めた。

「十両の扱いを受けたら、婚姻届けに籍を入れよう。幕下以下だと結婚できないものね」

 大相撲のことを調べつくしてきたのかな。多くの女性は、幕下以下が結婚禁止であることを知らない。

「約束は守れなかったから婚約破棄じゃないの」

「これくらいは許容範囲だよ」

 男として約束を守れなかったのは事実。プロポーズをした側なのに、すんなりと結婚していいのか迷っていた。

 腑に落ちない表情をしていると、桜はいつにもなく甲高い声を発した。

「雄介のために、恋愛を封印してきたんだよ。結婚できなかったら、何のために我慢してきたのかわからない」

 桜の都合を考えると、結婚しない選択肢はなさそうだ。

 関取になってすぐに婚姻したら、一門は驚くだろうな。師匠からは長時間の説教を受けることになりそうだ。

 一緒に生活するのかなと思っていると、桜の思考は全然違っていた。

「雄介が関取を一年続けられたら、一緒に生活しようか」

「結婚するのに、別々に住むのか」

「幕下に落ちたら、アパートを解約することになるじゃない。引っ越しを繰り返すと思うと落ちつけないよ」

 来場所の成績如何では、幕下に落ちてしまいかねない。力士用成員に逆戻りすると、はなればなれの生活を送ることになる

「関取じゃないと給料をもらえないからね。安定した成績を収められるようになるまでは、雄介に頼らずに生きていこうと思っている」

 結婚直後から別居婚をする羽目になるとは。相撲界はいびつな世界であることを、おおいに痛感させられた。

桜は三年ぶりに会った男に、痛烈な一言を浴びせてきた。

「いやあ、夢桜は本当にデブになったね」

 高校卒業時は70キロだった体重は120キロまで増えていた。見た目の変化は明らかだった。

 桜は肉のついたおなかを堂々と触ってくる。遠慮は一ミリも感じなかった。

「ブヨブヨじゃない」

「相撲取りだからしょうがないよ」

 体重を増やすために、ちゃんこを毎日のように食べ続けた。ときには無理に身体に押し込むこともあり、食事は一種の拷問なのかと思わされた。

 桜はムキムキになった腕に手を当てた。高校時代とは違っていたのか、目をウルウルとさせていた。

「夢桜は必死に稽古してきたんだね」

場所前には一日に二〇番程度の申し合いを行った。一回でも多くぶつかることで、実戦経験を養うことを優先した。

 横綱から稽古をつけてもらったのは記憶に新しい。彼と対戦していなかったら、関取に慣れていたのかはわからない。

 桜はサイン色紙をカバンから取り出した。

「十両祝いの初サインは最初にもらうからね。後回しにしようものなら、約束反古を許さないよ」

 桜の二つの黒目から、大粒の涙が流れる。何を意味しているのかはさっぱり分からなかった。

「三年も女性を待たせたからには、絶対に幸せにしてね」

「うん」

「幕下に落ちたら承知しないからね」

 桜のためにも関取を維持しようと胸に強く誓った。

 

 

 

文章:陰と陽

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