コラム

小説:『彼女との約束(4)』

 

前回まで

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小説:『彼女との約束(3)』

 

前回からの続き

 

 幕下で初の負け越し

 11月場所が始まった。これまでのようにやっておけば負けるはずはない。三場所連続優勝したことで、自信にみなぎっていた。

 幕下の一番相撲の対戦相手は東一四枚目の錦王。初土俵から一〇年以上もかかっているのに、いまだに十両に上がれない負け犬のような男。相撲の才能がないのだから、とっとと引退すればいいのに。無駄に年を重ねても、なにもいいことはない。

 膝が痛いのかテーピングをまいていた。相撲協会では怪我の痛みを抑えるために、あちこちにテーピングをする力士を見かける。

 才能のかけらもないうえに、テーピングをまいている。このような男に負けるはずはないと、余裕をぶっこいていた。

 勝てると思っていた矢先だった。夢桜は立ち合い負けをしてしまい、一〇秒としないうちに徳俵を割っていた。二二戦目にして、初黒星を喫することなった。

 幕下六枚目から一五枚目は全勝しない限り、関取にあがることはほとんどない。夢桜の今場所における十両昇進は儚く散ることとなった。

 二番相撲からも立て直すことはできなかった。遊び呆けていた男は、一勝六敗の成績で11月場所を終える。七番相撲で全敗を逃れるのがやっとだった。

 負け越しの原因ははっきりとしている。きっちりと稽古しなかったこと、幕下上位の実力を見くびっていたことである。勝ちすぎたことで、己の才能にうぬぼれることとなった。

 幕下以下は番付が上昇しやすい反面、降下スピードもすごい。桜坂は番付を幕下四〇枚目近くまで下げることになりそうだ。翌場所は全勝しない限り、関取の地位をうかがうところまで上がれない。夢桜の関取への挑戦は一から出直しとなった。

 幕下を一場所戦って感じたのは、力士の体格もさることながら、馬力も全然違っていた。三段目までは立ち合いに遅れてもどうにかできたものの、幕下では修正は容易ではなかった。

 得意な体勢になっても、なかなか押し込むことが出来ないことも多かった。最初の三場所は一方的な展開に持ち込めただけに、力の違いを見せつけられることとなった。

大きく負け越したことで、師匠からこっぴどく叱られることとなった。

「だらけているから、こんなことになったんだ。きっちりと反省しろよ」 

今回ばかりは言い逃れのできない状況だっただけに、黙って耳を傾けることにした。

 同じ失態を繰り返さないためにも、稽古に熱心に取り組もう。夢桜はそのことを胸に強く誓った。

 

 関取をうかがう地位まで番付を上げる

 夢桜は初土俵から二年で、幕下五枚目まで番付を上げる。今場所の成績次第で十両に昇進できるところまでのぼりつめた。全勝しない限りは、翌場所も幕下に据え置きとなる六~一五枚目とは天と地ほどの開きがある。

 幕下でここまでかかるとは思っていなかった。必死に稽古に取り組めば、一年とたたないうちに十両に上がれると考えていたのは甘かったようだ。

 関取をうかがう地位になると、十両における下位、他の幕下上位の成績は大いに気にかかってくる。十両昇進は他の力士の成績に左右されることが多く、自分の力だけではどうしようもない部分もある。

 大相撲における十両の定員は決まっている。十両以上が降格、引退しない限りは上がるチャンスの芽は摘まれる。どれだけ落ちてくるかが、十両昇進へのキーとなるといっても過言ではない。 

 近年の番付編成においては、十両に残留できる成績であった場合は原則として降格させない。関取の地位を守るのを優先する傾向が非常に強くなっている。

 自力で十両昇進を決める権利を有するのは東幕下筆頭の力士。相撲協会の内規に「幕下東筆頭における勝ち越しは十両昇進において最優先される」というものがある。それゆえ、四勝三敗であったとしても、十両昇進は決定的となる。

 西幕下筆頭に関しては、他の力士との比較になる。十両からの降格が少ない場合、勝ち越しても幕下に据え置かれるケースもある。これまでにおける極端な例では西幕下筆頭で五勝二敗の成績を残したのに、十両からの降格が少ないという理由で幕下に据え置かれたケースも存在する。「番付は生き物」といわれるけど、ここまでくると不運としかいいようがない。

 東幕下筆頭以外の勝ち越し以外で十両昇進を確定的とする成績として、幕下一五枚目以内(付け出しは除く)で全勝というものがある。東幕下筆頭における勝ち越しの次に強い成績といわれ、西筆頭の五勝二敗よりも評価される。

 十両昇進を狙っている五枚目以内の幕下力士は、東筆頭の負け越し、15枚目以内の全勝が出ないことを強く願う。己が関取になるためには、他者に不幸になってもらわねばなるまい。

 夢桜は十両に上がりたい思いが強いのか、必死になって稽古に取り組んだ。一日に二〇番を超えるぶつかり稽古、四股を踏む動作を繰り返して本番に備えた。

 関取昇進が間近に迫っているからか、プレッシャーに押しつぶされることとなった。初日の前日は一睡すらできなかった。

 

次回へ続く

 

文章:陰と陽

 

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