1
冬の妖精が目の前に現れた。数秒前までは見えていなかっただけに、目の錯覚を引き起こしたのかと思った。
妖精は白い身体をしていた。雪を連想させるかのようだった。
「慢性的な雪不足で悩んでいるようですね。私が手を差し伸べましょうか」
農業関係者からすれば願ってもない話だ。藁にも縋る思いで、話に乗ることにした。
「お願いします。水不足を解消するためにも、雪をお願いいたします」
雪が降らなければ米の品質が落ちてしまいかねない。ランクを下げてしまうと、卸売価格の下落につながる。
妖精の瞳が卑しく光った。
「わかりました。地上に充分な雪を降らして見せましょう」
妖精はそのようにいい残すと、姿を消した。瞬間移動したかのようにいなくなってしまった。
2
翌日、男は目を疑うような光景と対峙した。屋根の上、玄関などには一センチの積雪もないのに、道路には三メートル近い積雪があった。そこにだけ雪が降ったというより、突如として現れたかのように映った。
夏場の水不足は完全に解消されだけど、社会が完全に麻痺してしまうこととなった。男は天使、悪魔ともいえる妖精の威力を思い知らされた。
男の前に妖精が現れた。
「あなたの希望を見事に叶えました。これで水不足になることはないでしょう」
妖精の瞳が妖しく光った。水不足を瞬時に解決しようとしたことへの天罰だといわんばかりだった。
「雪を一瞬に消すことはできないのか。これでは不便でしょうがないじゃないか」
車での移動を必須としている地域であるため、道路を封鎖されては何もできない。食料調達が滞れば、生命を脅かしかねない。三メートルの雪は一日に一〇センチずつ溶けたとしても、一ヶ月かかってしまう。
「あなたは欲張りな男ですね。私はそういうところが大好きです。あなたの望みをかなえることにしましょう。明日には雪がなくなっていると思います」
道路の封鎖から解放される。男はそのことに安堵の息を吐いた。
3
翌日になると、三メートル近い雪が完全になくなっていた。どのようにして一日で消えたのか不可解だった。
男は畑の様子を見に行くと、異変に気付いた。昨日まで存在していたはずなのに、跡形もなく消え去ってしまっていた。
妖精が姿を見せる。
「水の処理に困ったので、あなたの畑を川にしておきました。これで他の農家は問題なく農業できます。皆さんはあなたに感謝することでしょう」
俺の畑を元に戻せ。そのように口にしようとしたとき、妖精は既に消えてしまっていた。
男の畑は二度と元に戻ることはなかった。他の農家は例年よりも価格の付きそうな米、小麦、野菜を取れたと大いに喜んでいた。一人の犠牲になることによって、多くの人が救われましたとさ。
文章:陰と陽