コラム

小説:『純喫茶(3)』

 

前回まで

小説:『純喫茶』

小説:『純喫茶(2)』

 

前回からの続き

あくる日傘を返すため男は純喫茶に向かった。

 

店があったはずの場所が空き地となっている。

 

視界がぼんやりと暗くなった途端にアスファルトの地面がぶつかってきた。

 

 

一枚のコインが高く高く舞い上がっていく。それがあるところでぴたりと止まり、

それとともに持続が寸断されたかに思われた。

 

虫の羽音が聴こえる。コインの裏表はどちら側になっただろう。

ただそれだけが気になった。

 

日焼けした畳の上に一匹の蠅がとまり、青く鈍い光を放つのを見た。

電車の通過する轟音が、あらゆるものをかき消すように、周囲のものどもをなぎ倒していく。

 

すべてを思い出した。

 

生まれて初めてカレンダーというものを認めたとき、

自分だけがメガネをかけて登校したら女の子に非難されたこと、

からかい気味に微笑をうかべて机のうえに寝そべる女、

電車のホームでもたれかかった柱がとてつもなく熱く同級の男が笑っていた記憶、

土砂降りの雨のなかを歩くわたしをトラックに乗ってけてくれた運ちゃん、

取引先の経営者のまえで恥をかいたこと、

うますぎる野沢菜漬け、

そしてあの純喫茶。

 

ふたたび結びついていく。

 

心の中でつぶやいた、これでよかったのだと。

 

 

文章:増何臍阿

 

画像提供元 https://foter.com/f6/photo/17185247172/9d03739528/

関連記事

  1. 心に栄養を
  2. 雇用保険の待機期間が一カ月間短縮されるかもしれない
  3. 国民は怒っていた
  4. 2023年9月場所の成績に基づく、十両、幕下の入れ替えは誰になる…
  5. A型作業所は黒字化できる仕組み作りが必要
  6. ショートショート『インフルエンザ菌のイタズラ』
  7. 欲望に振り回されるな
  8. 補修が必要
PAGE TOP