コラム

短編小説:『自動販売機』

 

ビルの出入り口のところに自販機があった。

 

ふだんそれを利用することはなかったが、ある時のどが渇いたので、はじめて小銭を入れた。

すると、入れた小銭がおつりのところに落ちてくる。

ランプはつかず飲み物を買うことができない。

 

こういうことはままある。

 

気をとりなしてもう一度小銭を投入した。

またしてもおつりのところに落ちてきた。

その後、十回ほど試しただろうか、何度やってもなしのつぶてであった。

 

最初はおかしみを感じていたが、だんだん腹が立ってきた。

 

と、そこにT君がやってきた。

 

T君は性格がすこぶる良い。そのことは彼を知る人々が口々に言うことだ。

わたしはT君に、愚痴をこぼした。

 

彼に硬貨の投入を試してもらって、わたしの窮状が真なるものだとわかってもらいたくなった。理解者が欲しかったのだ。

自販機に拒絶されるという、絶後の悲惨。

己の進退極まる惨めさに、塩辛い涙の心地よさをも感じる。

そこにおいて、彼の同情を得て、かりそめの癒しにひたる。

そんなことを望むほどに、情けなくも、わたしの精神は危機にあったといえる。

 

 

驚くべきことが起こった。

なんということだろう、彼が小銭を入れると、あっさりとランプがともったのだ!

 

かれはこういった。

「入れ方ですよ。」

 

その口調には、わたしを慰めようという深い慈悲心が込められているように思われた。

あなたは悪くない、単なる入れ方の問題なのだという・・・・。

運命と性格に関する、くだらなくも複雑な、沼のような問いにわたしははまりこんでいった。

 

文章:増何臍阿

 

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