コラム

小説:『彼女との約束(1)』

 

 告白

 桜はすでに宙を舞っている。例年ならこのようなことにはならないだけに、暖冬だったのかなと思わされた。

 夢白桜は卒業証書を片手にしながら、校庭にやってきた。雄介はあることを伝えるために、ここに足を運んでもらった。

「雄介、どうかしたの」 

 高校卒業時に多くのカップルは自動的に破局。子供の付き合いと割り切って、交際する男女が圧倒的多数を占める。高校時代に交際していた異性と結婚する確率はかなり低い。

 月影雄介は胸に秘めていた思いを口にする。

「関取になったら結婚してください」

 無謀なチャレンジの幕開けはすぐそこまで迫っている。三月に前相撲を済ませ、五月場所からは力士として相撲を取る。

 桜は突然の話にもかかわらず、二度ほど軽くうなずくだけだった。物怖じしないところは、彼女の最大の長所である。

「雄介は相撲取りになるのか。思い切った決断をしたものだね」

 高校二年生の三学期に相撲をテレビで見て、あの舞台で闘いたいと思うようになった。三年生になると、関取になりたい気持ちはさらに膨らんでいった。

「両親からは反対されたけど、夢を捨てきれなかった」

 相撲取りになりたいと伝えたときは、勘当騒ぎにまで発展したこともあった。デブの世界に足を踏み入れるのはやめなさい、まともな世界で働きなさいと何度も叱られることとなった。

 母は健康面を不安視していた。相撲界では巨体になるため、糖尿病、疾患などをわずらうことになる。死亡リスクは通常時よりも高くなる。

 雄介が鋼鉄の意志を貫いたからか、五年限定で挑戦することを許された。関取になれなかったら、実家の跡を継ぐ約束となっている。関取で太った場合は、体重を元に戻す条件も付いている。

 無謀なことをいっている芋関わらず、桜は深く考えることはなかった。あっさりと返事をする。

「いいよ。三年以内に関取になれたら、結婚しようか」

 三年以内の関取昇進は厳しい条件ではあるものの、かなえられないというレベルではない。他人よりもたくさん稽古をして、必ず這い上がってやる。

 桜と結婚する未来を思い浮かべていると、ハートに強烈なパンチを喰らわしてきた。

「三年後に関取になれなかった場合は、自動的に破局ということにしよう。雄介のためだけに、人生を棒に振るわけにはいかないもの」

 桜は軽い性格に見えて、芯はしっかりとしている。言葉と中身に大きなギャップを感じることも少なくない。

 桜は彼女としてではなく、一人の人間として、相撲界に挑戦する男を応援した。

「雄介の活躍を心から願っているから、一日も早く関取になってね」 

 雄介のハートに闘志がみなぎっていた。桜と結婚する夢を叶えるためにも、一日も早く関取に上がってやる。

 

次回へ続く

 

文章:陰と陽

関連記事

  1. 小説:『純喫茶(2)』
  2. 黄金の血液を持つ人もいる
  3. いつまでも元気で
  4. エッセイ:『さもしい世の中』
  5. 権力者は君主制を好み、庶民は民主主義を求める
  6. 木下武男『労働組合とは何か』岩波新書
  7. 樺沢紫苑著『精神科医が教える病気を治す感情コントロール術』あさ出…
  8. 映画『アウトサイダー』のご紹介

おすすめ記事

「お酒の前に牛乳」は効果があるの?

暑くなるとビールを飲む機会が増えませんか?仕事をしている人だと、…

がんばるコンビニ

コンビニエンスストアの社会における役割は大きい。東日本大震災以降…

阪神電鉄『打出駅』と周辺紹介

 阪神打出駅は兵庫県芦屋市打出小槌町にある駅です。 地上駅でプラットホーム2面線…

怖い話『隣のスナック』

父は一時期、幼いわたしを川向こうの商店街の寿司屋に連れて行ってくれました。&nb…

乃木坂の詩

『乃木坂の詩』カップリング曲ですが...また…

新着記事

PAGE TOP