コラム

小説:『自分の道(6)』

前回まで

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小説:『自分の道(4)』

小説:『自分の道(5)』

 

前回からの続き

 

幼馴染の交際事情

 学校に向かっていると、透き通った声が耳を通過した。

「前園佳純ちゃんですか・・・・・・」

「はい、そうですけど・・・・・・」

 名前を呼ばれたので、後ろを振り向いた。底には絵に描いた餅さながらの美人な女性が立っている。 

 女性は同じ制服を着用していた。佳純の通学している学校の生徒だと思われる。

「誰ですか・・・・・・」

「白石麻衣です。二年四組に所属しています」

噂では聞いていたものの、同じ女性とは思えないほどの美貌を持っている。月とすっぽんといわれたときは心外だったものの、実物を見るとまぎれもない事実だったことをわからされた。格があまりにも違いすぎるため、負の感情にさいなまれるほどだった。

 肌の色も自然なのに、輝いているように見えた。化粧をしなくても美人でいられるのは、同じ女性として羨ましい。佳純はどんなに取り繕っても、麻衣のようにはなれない。

 同性の肌に触れたいと思うことはほとんどないけど、今回ばかりは違う。どこでもいいから、彼女に触れてみたいという感情が芽生えていた。同性愛者ではないのに、女性の魅力に取りつかれてしまった。

 佳純は麻衣の美貌について褒める。10パーセントくらいは嫉妬、羨望などを含んでいるものの、90パーセントは本心だった。

「白石さんはすっごく綺麗だね。同じ女性として憧れちゃう」

 アイドル雑誌の表紙を飾っていてもおかしくないレベル。佳純なら自分からアイドル事務所にアピールしに行くと思われる。

 麻衣は褒められたにもかかわらず、瞳はきょとんとしている。感謝していないことは一目瞭然だった。

「美人といわれても、全然うれしくない。外見よりも中身を見てほしい」

 美人は外見で評価されることを嫌っていると耳にしたことがあるけど、麻衣はそれに当てはまっているのかな。そうであった場合は、その類の話を避けなくてはならない。

 佳純はかわいいといわれたことは一度もないため、誰かから美人だといわれるととっても喜ぶ。単純志向だと思われがちだけど、女性は美貌をほめられることを心のどこかで期待している生き物なのである。

 美貌の話をしていては、肝心な部分に進むことはできない。佳純は要件について尋ねた。

「白石さん、用件はなにかな」

 麻衣の瞳に陰りが生じる。自信のなさがにじみ出ていた。

「佳純ちゃんは、琢磨君のことをどう思っているの」

 美人にありがちな、高飛車な態度は見られなかった。異性からちやほやされることで、自分は優れた女性であると考える人は相当数いる。

 麻衣のスカートがさらさらと揺れた。同じものを着用しているはずなのに、優雅さを感じさせた。所有者によって、ワンランク、ツーランクも変わってしまうようだ。

 細かいところを蒸し返されると、色々と面倒になりかねない。言葉を慎重に選ぶことにした。

「ただの幼馴染かな。それ以上、それ以下でもない」

 麻衣はうつむきがちに話を続ける。彼女の自信のなさを物語っていた。

「恋人みたいに仲がいいと聞いていたけど・・・・・・」

 空の雲が右から左に動いていた。青空の中にかすかに浮かんでいる、白いうろこ雲は、麻衣の心の隙間を表しているかのようだった。

 麻衣は不安を感じているのか、胸に手を当てている。佳純はその様子を見て、美人であっても悩みごとはあるのを感じた。

 佳純は現段階の関係を打ち明ける。こちらは気遣おうとしているのではなく、完全に事実だった。

「琢磨が交際を開始する前はそうだったかもしれないけど、現状はそんなんじゃないよ。私たちは完全に赤の他人だと思ってくれていい。白石さんが交際を開始させてからは、プライベートで一度も顔合わせしていない。スマートフォンから、電話番号、メールアドレスも消去した。幼馴染としての縁は完全に切れている状態だよ」

 麻衣はかすかに微笑んでいた。佳純は何を意図しているのか、瞬時に見抜くことはできなかった。

「佳純ちゃんは強い子だね。とっても羨ましい」

 佳純は咄嗟に否定する。私はそんなに強い女の子なんかではない。 

「そんなことはないよ・・・・・・」

 琢磨の交際開始後、涙が枯れるくらいまで泣き続けていた。大切な幼馴染を奪われたショックは計り知れなかった。

 麻衣が告白しなければ、琢磨と距離を取らなくても済んだ。幼馴染に手を出した女性についても、大いに憎んだものだ。

「私なら電話番号、メールアドレスは残しておくかな。いつか、電話してくれるかもしれない、メールを送ってくれるかもしれないって思えるから」

 佳純もそのように考えたことはあるものの、最終的にはどちらも消去することにした。手の届かない男への未練を少しでも軽減させるためだった。

 琢磨が交際を開始させてから、二か月と立たないうちに異性から告白されることとなる。新しい出会いによって、過去の思い出を一掃させた。

「麻衣ちゃんは知らないだろうけど、交際をスタートさせたんだ」

 麻衣のひきつっていた表情は、少しだけ柔らかくなった。ライバルはいなくなったことによる、安堵からきているように思われた。 

「佳純ちゃんは恋のライバルじゃないんだね」

「うん」

 麻衣は元気になるかなと思っていたけど、完全に正反対だった。瞳はおおいに霞んでいた。

「別れようと思っていたけど、もうちょっとだけ頑張ってみようかな」

 琢磨が破局するという話を聞いても、佳純の心は動かされることはなかった。こないだまで好意を持っていたとは思えないほど、冷静に受け止めている自分がいた。浩紀の存在は、幼馴染との過去を清算させることとなった。

 麻衣は目頭に触れていた。彼女の中でつらい記憶が蘇ったのかもしれない。

「琢磨君からこれっぽっちも愛情を感じないの。獣になれとは思わないけど、最低限の恋愛愛情を持っていてほしいと思う」

 琢磨は男として最低だ。交際を承諾したからには、彼女のことを一番に考えるのは当然ではなかろうか。自分からプロポーズした、相手からプロポーズされたかは関係ない。

「ここ一カ月くらいは一度も会っていないの。完全に破局寸前モードに突入している」

 麻衣からの話を聞いて、琢磨と交際しなくてよかったと思った。異性に愛情を持てないような男性といても、一ミリたりとも楽しくない。

「最初はわからなかったけど、徐々に佳純ちゃんの存在を感じるようになった。言葉にはしなくとも、佳純ちゃんの心が住み続けているように思えるの」

 他の異性をにおわせるのは、交際するものとして一番やってはいけないタブー。それすら守れないのは、恋愛をするものとして失格だ。

 麻衣の長髪が風に流され、瞳が一瞬だけ隠れる。彼女は現実から一時的に逃避したいのかなと思わせた。

 学校まで一〇〇メートルに近づく。佳純は恋人である、浩紀の姿をとらえていた。彼に接近しようとしたものの、麻衣のことを思うと近づくことはできなかった。話を聞いたことで、自分の恋愛は大丈夫なのかと不安になってしまった。

 

次回へ続く

 

文章:陰と陽

 

画像提供元 https://foter.com/photo4/citadel-hill-amman-jordan-holiday-travel/

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