コラム

小説:『友達のいない男は、クラスメイトの男性恐怖症克服に協力させられた 中』

 

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小説:『友達のいない男は、クラスメイトの男性恐怖症克服に協力させられた 上』

 

前回からの続き

 第三章:再度声をかけられる

 

 桜田から一か月後に声をかけられた。今回は教室内ではなく、トイレに行く途中だった。クラスで噂を立てられないよう、場所を選んだのかもしれない。

 浩二は乗り気でなかったものの、数分間だけという条件でOKすることにした。下手に引き延ばしたとしても、先送りになるだけ。話を終わらせておくことで、一人きりの空間を確保したい。

 屋上につくまでは地獄だった。校内の美人といることもあって、皆から注目を浴びてしまった。事情を知らない者からすれば、二人は親しくしているように見える。

 屋上の扉を開けると、浩二は真っ先に質問を投げかけた。

「僕を誘ったのはどうしてなの。桜田さんには彼氏がいるんでしょう」

 桜田の瞳は濁っていた。浩二は何を意味しているのかはさっぱり分からなかった。

「葵ちゃんに頼まれたの。彼女はトイレに行っているから、あと数分でやってくると思う」

 早川葵はクラスメイトの中で二番目に人気のある女子生徒だ。こちらは人と馴染もうとはせず、一人の世界を生きている。浩二とにかよっている印象を持つ。

 早川が屋上にやってきたことで、人気ナンバーワン、ナンバーツーの女性と一緒にいることとなった。クラスで一番人気のない男との組み合わせなので、異次元のように感じられた。月とすっぽん、宝石と石ころなどがピンとくるだろうか。

 早川は初対面とは思えないほどの人懐っこさで、こちらに声をかけてきた。人を遠ざけているイメージを持っていたので、別人のように思えてしまった。

「松村君、はじめまして」

「早川さん、はじめまして」

 早川はおなかの前で指を絡めていた。何かに感動しているかのように映った。

「名前を覚えてくれていたの」

 クラスメイトの名前はひととおり暗記するように心がけている。交流することはなくとも、顔を覚えておいて損はない。

 早川は隣に腰かける。至近距離だったので、数十センチだけ距離を取ることにした。女性に対する免疫を構築しておらず、距離感はわからなかった。

 桜田はこちらではなく、早川にウインクを送っていた。無言のやり取りだったので、見当は全くつかなかった。

「葵ちゃん、あとは二人でいけそうかな」

 早川は明確な意思を持って、首を縦に振っていた。

「うん。ありがとう」

 桜田は姿を消すこととなった。友達のために、屋上に誘ったのは本当だったようだ。交際中の男性がいるのに、誰かといるというのも変な話だ。

 早川の髪の毛が東からの風に流されたことにより、浩二の瞳に侵入しようとしていた。あまりにも痛かったのか、猛烈な勢いで振り払ってしまった。

「早川さん、ごめんなさい」

「ううん、気にしなくてもいいよ」

 先ほどとは打って変わって、声を震え上がらせていた。あんなにも明るかった女性の面影は一ミリも感じなかった。

「松村君、私の怯えは伝わっているかな」

「怯え?」

 早川は小刻みではあったものの、はっきりとした意思を込めて頷いた。

「中学校時代に強姦被害に遭ったの。運よく助かったものの、心に大きな傷を残すことになった。事件以降は男性と二人きりになるたびに、心臓発作などを繰り返している」

 強姦の傷は女性にしかわからない。未知の領域に踏み込むのは不可能だ。

「僕といるのは大丈夫なの」

「松村君は人畜無害そうな人間だから、情緒は安定しているほうだよ。他の男子生徒だったら失神していてもおかしくない」

 声を震わせているので、とても安定しているようには思えない。彼女は心の奥底で格闘をしている。 

 早川の太くて長い髪の毛は、再び風に晒される。前回は目の中だったけど、今回は頬に直撃することとなった。

「ごめん、髪を結びなおすね」

 早川は太めの髪留めで、髪の毛を結びなおしていた。小学生時代からスポーツ刈りだった男性には、黒い物質をくくる苦労はわからなかった。

「休憩が終わるまで、隣にいてくれない」

「男の人と二人きりで大丈夫なの」

「わからないけど、なんとかなるとは思っている」

 浩二は失神しないでほしいと切に願っていた。保健室に運ばれようものなら、教師から何をいわれるか分かったものじゃない。

 幸いなことに、早川は気絶することなく時は流れていった。あまりにも静かだったので、本を持ってくればよかったと思った。

 

次回へ続く

 

文章:陰と陽

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