第一章:一人きりの生活
松村浩二は変わり者だったためか、幼稚園のころから輪に入ることはできなかった。周囲は友達と楽しく遊んでいる中、一人ぼっちでいることが多かった。
孤独を寂しいとは感じつつも、周囲と打ち解けるための案を思いつくことはできなかった。下手に動こうとすると、状況を悪化させかねない。一人で楽しむための手段を身につけることで乗り越えていこうと思った。
一人ぼっちになったものの、いじめに遭わなかったのは不幸中の幸いといえよう。暴力、暴言を浴びせられようものなら、修復不能な傷を負うことになる。
日本では変わり者を完膚なきまでに叩こうとする傾向がある。心理学の本によると、異物を排除することにより、自分を落ち着かせる目的で行われるようだ。革命的な勢力というのは、安泰を求める多数派にとって脅威となりうる。
第二章:転機は急に訪れる
友達を作れないまま、小学校、中学校を卒業することとなった。いじめに遭うことはなかったものの、周囲に溶け込むこともなかった。孤立はしていたものの、居場所を確保することはできた。
高校時代に入ってからも友達と呼べる友達は一人も作れなかった。こちらから声をかけることもなければ、相手から接近することもない。同じクラスに在籍しているものの、一人だけ孤島にいるかのようだった。
孤独ではあったものの、居心地としてはそんなに悪くなかった。多くの人と群れあうタイプではなかったため、かえって好都合といえるではなかろうか。対人関係は楽しいこともあるものの、それ以上に面倒とも向き合わなくてはならない。人間という生き物は、自分の目的を叶えるために、平然と他人を利用する汚い生き物だ。
本を読み続ける学校生活を送ってきたからか、知識は無駄に増えていた。全国の神社、鉄道会社、車などをすべて暗記した。同級生と戯れていたら、このような能力は身につかなかったと思われる。一人でいたことに対する、功績といえよう。
四時限目の授業を終えると、昼食の準備をする。いつもと同じく一人きりの空間だった。
誰にも立ち入ることのないひとときを過ごそうとしていると、一人の女性が声をかけてきた。
「こんにちは」
浩二は慌てふためいたかのように、後ろを振り向く。休憩時に声をかけてくる人間は誰もいないと思っていた。
二つの慧眼でとらえたのは、クラスメイトの人気者といわれる桜田果歩だった。彼女の周りには男女問わず人で溢れかえっている。
桜田は誰と話すときも、分け隔てなく相手をする。差別しないことが好印象につながっていると思われる。
浩二は箸をいったんしまうことにした。要件を済ませておいた方が、スムーズに食事できる。
桜田はいつにもなく、緊張しているのを感じ取った。浩二はそれくらい、話しにくい雰囲気を醸し出しているのかな。
「松村君、屋上に行きましょう」
クラス一の人気を誇る女性が、学校で一番人を遠ざけている男性を誘ったことで、周囲はおおいにざわめくこととなった。浩二は人生で初めて、周囲から注目されることとなった。
桜田には交際中の男性がいると噂されていることから、屋上で二人きりとなれば、学校中に変な噂を流されかねない。これまで平和な生活を送ってこられたのに、一瞬で壊れてしまうこととなる。
浩二はなるべく傷つけないように言葉を慎重に選んだ。
「彼氏と交際中なのに、二人で行くのはまずくない」
教室内は別の意味でどよめくこととなる。それもそのはず、浩二が私用で声を発したのは高校に入学してから初めてのことである。教師から質問されたときなどは声を出すこともあるものの、一人でいるときは無言を貫いていた。
桜田は有効な一手を思いつけなかったのか、言葉を発することなくいなくなってしまった。
次回へ続く
文章:陰と陽