福祉・医療

障碍者の一部は交流会の参加、交友作りに消極的

 

 健常者からすれば障碍者は自己中心的に見えることは少なくないでしょう。マイペース、話を合わせようとしない、輪に入ろうとしないと数えたらキリはないと思います。

 

 特定の話のみになるのは、頭の切り替えをできないからといえます。脳の特性上なのか、同じことをずっと考え続けてしまうのです。

 

 障碍者側からいわせてもらうと、輪に入ろうとしないのは上手く会話をできないからです。障碍者は3人以上の場になると、話をうまく切り出すことができません。2人で話すので限界なのです。

 

 大衆に馴染めないタイプが、飲み会に参加したとしても孤独感にさいなまれるだけです。参加費はきっちりと回収されるので、お金と時間をどぶにするようなものといえるでしょう。

 

 交流会に参加しても、一人ぼっちにされることも充分にあり得ます。周囲から弾かれるとわかっていながら、その場にいたいと思う人間などいないでしょう。ああいう場所は多数派が少数派に「あんたは仲間がいないんだよ」とメッセージを送る場所になりえます。

 

 健常者として生きてきた人間には決してわからないだろうけど、障碍者にも他人と親しくなりたい願望はあります。生きていく過程で友達を作りたくとも、作れないことを長年の経験で頭に叩き込ませていくから、他人を距離を取るようになります。幼少期に友達を沢山作れるなら、そのような行動には出ないと思います。

 

 障碍者が健常者と親しくなれたとしても、時間の経過と共にほとんどは離散していきます。胸中に残るのは、孤独感だけです。みんなは他の人と仲良くなれるのに、どうして自分はなれないのかを考える日々が続きます。

 

 最終的に友達はいらない、無人島で生活したいという答えに行きつくこともあります。健常者と親しくできなかったことによって、こういう考え方に行きついたのでしょう。輪に入れない生活を続けていれば、こうなる人も一定数出るのは避けられません。

 

 自己中心的なので友達は作りにくいですけど、低確率でものすごく親しくなれる人もいます。筆者も友達の数はほとんどゼロでしたけど、稀に個性を気にいる人もいました。元々多くの人間と親しくできるわけではないので、それでいいのかな思うこともあります。

 

*共有を求められる日本では評価される機会はほとんどないでしょう。それゆえ、90パーセント以上の人間は不要という考え方に行きつきます。

 

文章:陰と陽

 

関連記事

  1. 支援員の悲しい現実
  2. コラム:『これからの医療者』
  3. 小説:『知的障碍を発症した女性は、入院先で少女と出会う 上』
  4. 高次脳障害向けの支援を行う事業所を探してみよう
  5. バリアフリー法の改正(今後の課題)
  6. 障碍者支援員が分かっているのは、手帳を所持していることだけ
  7. メンタル疾患の人に
  8. 健常者と障碍者はlose-loseの関係になりやすい

おすすめ記事

タクシーの年齢条件変更について

一定の条件を満たした地域において、個人タクシーの営業は80歳まで認められることになります。年…

『JR岐阜駅』の周辺観光散策案内

「JR岐阜駅」の周辺散策案内 岐阜市は長良川のほとりの都市で、川…

怖い話:『転校初日の出来事』

出典:Photo credit: Editor B on VisualHunt親の仕事の都合で、…

『職の不安』―ちゃんと職が得られるだろうか?-

後輩の姿を見て…自分の職に不安を抱いてしまった。…

『左右される?』

周りに左右されて…見事に自分も崩れていった。…

新着記事

PAGE TOP