画像:ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』岩波文庫
このコラムでは、ボルヘス著『伝奇集』を紹介します。
写真はなんだか怖いですが、怪奇もの(ホラー)ではありません。
ボルヘスについて
ホルヘ・ルイス・ボルヘス(1899ー1986)は、アルゼンチンの小説家・詩人です。
幼い頃から父親の膨大な蔵書から本を読み漁り英米文学に親しんでいたボルヘスは、父親の眼の手術や子供たちの教育のためにスイスに移り住み、のちにスペインで暮らすなどヨーロッパの空気を吸います。
幻想的な短編作品で知られ、とてつもない読書量から該博な知識を駆使して書かれる作品は、宗教と神話、哲学、夢と虚構、孤独と幻想などを主題としています。
図書館の司書をしていましたが、独裁者ペロンが政権をとると、政権を批判したと言いがかりをつけられて食肉市場の家畜検査官にされてしまいます。
60年代にはサミュエル・ベケットとともにフォルメントル賞を受賞し、国際的な名声を得、オックスフォード大学などの大学から名誉博士号を取得しました。
生前から名声が高かったにもかかわらずノーベル賞を受賞することはかなわず、そのことがノーベル文学賞の価値を疑問視する向きの根拠にされています。
父親からの遺伝性の眼の病気があり、度重なる手術むなしく光をうしなってしまいます。
しかし、秘書に口述筆記を頼んで執筆をし、数々の講演をするなど活動を続け、晩年には日本も訪れています。日本はお気に入りの国であったようです。
『伝奇集』
8つの作品からなる「八岐の園」と、9つの作品からなる「工匠集」を合わせた短編集が、『伝奇集』です。
そのなかで、『円環の廃墟』を取り上げます。
男が命からがらたどり着いたのは円形の境内で、かつては神殿だったが昔の火事で焼け崩れて廃墟となっています。そこで男は眠り夢を見ます。
以下、すこし引用します。
”夢をみようという考えをきっぱり捨てたが、とたんに、ほとんどひと月を眠ることができた。その間、まれに夢をみることがあったけれども、内容には注意を払わなかった。ふたたび仕事にかかるために、男は月が完全に円くなるのを待った。夕方、川の水でその体を清めた。星の神々を拝んだ。大いなる御名の綴りを正しくとなえ、眠った。ほとんど同時に、
鼓動する心臓が夢に現れた。”
魔術師が夢のなかで弟子を作り上げるという様が、作者と作品との関係を暗示しています。
一文一文は短く簡潔な文体でありながら、幻想的な物語がつむがれます。
さいごに
他にも、無限の蔵書を誇る図書館が世界そして宇宙の無限や分からなさを示す「バベルの図書館」などがあります。
ある一個の迷宮としての文学作品を創造することで存在の意味を探求する特異な作風に魅了されます。
ボルヘスは、「可視の宇宙は幻視、あるいは誤謬である」という有名な言葉を残しました。
このような不思議な作品に酔いしれるのはいかがでしょうか。
文章:増何臍阿