トントントントン。台所から包丁の音がしています。
尋常ではなかったため、子供は音のする方向に足を進めます。そこでは、五本の手を操っている女性が野菜を切っています。お化けを見たかのように錯覚してしまったのか、子供は台所から立ち去ることにしました。
子供は恐怖心からか、部屋に閉じこもってしまいます。妖怪に襲われると思ったのであれば遠くに逃げればよいのですが、恐怖心からか選択を誤ってしまったようです。足が動かなくなったため、近くに閉じこもるので精一杯だったのかもしれません。
恐怖で身体が硬直してしまった、少年の部屋がノックされました。呪文にかかってしまったのか、子供は死体さながらに動きませんでした。
聴覚だけは反応したのか、おかあさんの声が少年の耳に届きます。聞きなれた声に安心したのか、子供はようやく身体を動かすことができました。
子供が助けようとすると、部屋の前には手が五本ある女性の顔が映りました。襲われると思ったのか、少年は扉を閉めようとしますが、大人の力にはかないませんでした。
彼の鼓膜を再び掠めたのは、聴き慣れた声でした。
「新之助、どうしたの。顔が真っ青だよ」
腕が五本あるように見えたのはおかあさんだったのか。そのことを理解した少年は、助けを求めるかのように、母親を抱きしめました。
少年は昼寝から目が覚めた直後だったため、母親の調理中に錯覚を起こしたことにようやく気づきました。寝ぼけていたために、光を感じ取るレンズが少しばかりおかしくなっていたようです。
文章:陰と陽