コラム

「はみ出す」勇気

人生に疲れたので、今後はもう、好きなことしか書きたくないと思いました(挨拶)。

と、いうわけで、フジカワです。

少し前から電気シェーバーを使うようになったんですが、「深剃り」とはイマイチ縁がなくて、なんか気分がもやっとする今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

今回の記事は、「世間体を気にするから、しんどいんだよ!」とかいった話です。

初手から違和感

さて。キッカケは、またしても、だらりと読んでいた、スマホ経由のニュースでした。

筆者の方は、いわゆる「平成生まれのゆとり世代」で、「こじれた自意識」について困っていた様子を綴っておられました。

記事のタイトルは、「中途半端に『絵が上手い』と言われて育った人間の末路」でした。

その記事をざっと読んでみたのですが、どうにも腑に落ちない。

なぜか? 筆者の方は、子どもの頃から、絵を描くのが好きだったそうです。

親からも褒めちぎられ、そっち系の仕事に就くことを夢見ていた。

でも、小学六年生の頃、周囲の嘲笑に耐えきれず、趣味を封印。

その結果、自意識がこじれた、とありました。

「就活からの逃避で」ブログを始め、現在は、そのまま文筆活動をやっておられるそうです。

……ハテ? なにゆえ、このお方は、ここまで苦労したのか? よく分からない。

「はみ出す」恐怖と勇気

筆者の方は、絵を描く趣味を封印し、「普通の道」を進もうとしたそうです。

ただ、就活時、どんなキラキラした会社を見ても、「ワクワクしない」。

しまいには、オタク仲間が美大なんかに進んで、いっぱしのクリエイターになったのを見て、焦りと嫉妬を覚えるも、もはや遅い。

そのお方、二十九歳だそうですが、どーにも共感ができない。

だってそうでしょう? 「周囲に無理矢理迎合する道」を選んだから、後悔することになって、自意識をこじらせて、後で慌てるんです。

「私の居場所が見つからない」ことが、メインテーマのようでしたが、そんなもんを気にしている時点で、まずおかしい。

これは、あくまでも僕に言わせれば、ですが。

要するに、この方は、「はみ出す勇気」を持てなかったがために、苦しんでいた。

言っちゃ悪いですが、そりゃあ、誰のせいでもなく、本人の問題じゃあないですか?

多数派が正義、か?

なるほど、「学校というコミュニティ」で生きていくためには、我を通すのは、よくないかも知れない。

周囲から嘲笑されるのも、辛いかも知れない。

記事内の表現を少し借りれば、子どもには、知恵も知識もないがゆえに、ひとたび自己肯定の道具を失うと、八方塞がりになる。

それは分かるにせよ、「そんな程度で」引っ込める程度の「好き」なのか?

居場所がない? そんなもん、「自分が今いる、ここ」がそれでしょうに。

変に周囲の目を気にするから、後で困るんです。

この辺、僕が「性根からのはみ出し者」であるがゆえかも知れませんけど、自分を殺してまで周囲に合わせねばならない理由が、イマイチというか、全く分からない。

社会性の動物

「人間とは、社会的動物である」と定義したのは、確か、アリストテレスだったと思うのですが、それに照らせば、「社会(コミュニティ)からはみ出す」ことは、悪いことかもしれない。

記事内でも触れられていましたが、周囲からのほんのわずかな嘲笑が、個人の夢を潰し得る。

その、残念な現実はあるにせよ、結局、「周囲に負けた」ってことじゃあないですか?

記事からの引用ですが、

『一般人が自己表現をするのは恥ずかしい、という風潮の中で子ども時代を過ごしてきたのに、一般人でも自己表現をするのは当たり前、という風潮の中で、働かなくてはいけない。』

ものっそい違和感を覚えました。

皆様ご承知の通り、僕はコテコテの昭和世代です。

が、自己表現は、ずーっとやってます。

周囲の風潮なんざ、気にしたことがありません。

当然、「はみ出していること」への罪悪感も何にも、一切感じたことがない。

それでいいんじゃ?

時代の変化

たとえ子どもの頃に、個人の自己表現について否定的な風潮であったにせよ。

「今」は、そう言う時代じゃあない。

何をためらう? 過去に縛られる理由が、どこにある?

事を始めるに、遅いはない。やりゃあいいんですよ。

筆者の方は、そう言いたいのではなく、「子どもの頃の自分を、そろそろ解放してあげてもいいじゃないかと思う」ということを仰ってました。

なるほど、「抑えつけなければ、生きられなかった」世代かもしれない。

ただ、踏み出す勇気、はみ出す勇気があったなら、こんなにややこしい話にはならんのでは? と思わずにはいられません。

まとめ

ってことで、まとめます。

くだんの記事は、結びにこうありました。

『たとえ自分のことを好きになれなかったとしても、最低限、私が私の味方でいられさえすれば、苦しくなりつつもなんとか、生き続けられそうな気がするのです。』

自分が自分の味方でないのなら、生きていられる人間なんか、いないと思います。

ちょっと何様的な言い方になりますが、こんな当たり前の真理は、したり顔で言うようなことじゃねえです。

世間の人って、僕からすれば、些末なことに悩んでるのか? と、初夏。

んじゃまた。

 

文章:フジカワ

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