ドゥルーズ研究で知られる國分功一郎氏がvimeoというプラットフォームで動画を公開しており、その中で紹介されていたのが本書です。
マゾヒズムの語源となった作家ザッヘル・マゾッホをフランスに紹介する本で、ドゥルーズの長い前書きの後にマゾッホ作品が続く構成となっています。
サドマゾという言葉から思い描く通俗的な概念とは全く何の関係もなく、マゾッホというのは文化主義的な、大地や神話を信仰する、温かい土着的な、国民から賞賛される、銅像の立つような作家であると國分氏は言います。
1960年代の時点でマゾッホはフランスで知られておらず、現在に至るまであまり読まれていない作家でありながら、ドゥルーズはその重要性を強調し知らせるために本書を書いたようです。
今なぜマゾッホなのかというと、彼が現在のウクライナ・リビウの出身であり、オーストリア・ハンガリー帝国やポーランド、ロシアといった国々から翻弄され続けてきたガリシア(ガリツィア)地方に生まれた作家だからです。
國分氏によれば、マゾッホの戦略は、全てを受け容れることで権力を脱臼させるというところにあるようです。
本書ではアイロニーとユーモアという概念が提示されます。
第二義的なものとしての「法」よりも高次の絶対的なもの(イデア)が悪であることを見抜いたうえで、アナーキーによって法の乗り越えを行うアイロニーに対して、法の厳格な遵守、処罰とその苦痛を被ることを通じて、適用される際のズレ、すなわち法により禁じられた快楽を獲得しようとするユーモアが対置されます。
ロシアのウクライナ侵攻という許されない暴挙の時代に、いまアクチュアリティーを獲得して読まれるべき作家となったマゾッホを紹介する本書は、これからの世界を真剣に考えるうえでその良き入口と言えるのではないでしょうか。
文章:増何臍阿