母が昨日から機嫌が悪い
僕は夕べ一人で食事を済ませて食器を片付けた
僕は疲れていた
食事を終えて転寝したが起きると深夜1時だった
枕に頭を預けて再び眠るよう努めた
時計が2時を指し、3時を指すのを眺めていた
気が付くと出発時間を過ぎた時刻に目覚めた
もう今日は休もうかなと弱気になった
身支度を整えていると
母は掃除機が壊れていると怒っていた
仕事が終わったら電化製品店へ掃除機を持って行って
修理を頼んでくれと
悲鳴に近い口調で僕に命じ
そして僕の身だしなみの悪さをあげつらい
非難の言葉を金切り声で矢継ぎ早にぶつけてくる
僕は腹立たしい気持ちを押し殺して
身だしなみを整えながら
掃除機を修理に出すことを承諾するのが精いっぱいだった
母は掃除機が故障してパニックになっていた
こうなると事態はコントロールできない
萎縮した面持ちで僕は母の下男になり
母の言いなりになり下がる
気分屋の母が感情を僕にぶつけてくるのに耐えながら
職場へ出発する
僕は自転車をこぎながら
すでに一日の元気を失っていることを感じていた
出勤時間に遅れそうだ
もうどこかへ去って消えてしまいたい
自転車で車道を渡りながら
大型トラックが自分を跳ね飛ばしてくれることを願った
腕時計を見ると出勤時間にはぎりぎり間に合いそうだった
ロボットのように自分の価値が見いだせないまま職場に辿り着き
タイムカードを打刻する
パソコンを開いて今日のニュースを閲覧する
遠い国では戦争が起きていて
AFPニュースを読むと戦場近くの精神障碍者施設の人々を
ルポタージュしていた
AFP=BBNEWS
戦火の精神障碍者施設、不安隠し平静装う キエフ
参照:https://www.afpbb.com/articles/-/3396724?cx_part=top_latest
(c)AFP/Emmanuel DUPARCQ
日常につかれている僕はその記事を読んで
看護師長のオクサナ・パダルカ(Oksana Padalka)さんの気丈な振る舞いに
心を打たれた
彼女は戦火の下で砲撃の度に物陰にこもって悲観にくれて泣きながらも
患者たちの前では笑顔で安心させることに努めている
僕は事務所の中で泣きそうな気分で、いっそ大声で泣ければいいのにと願った
僕にできることはと言えば、このことをせいぜい日本語文章で伝える事だけだ
文章を打ち込んでいると母からメールがきた
掃除機が動くようになったという
しばらく様子見したいと
掃除機一つの不具合でパニックになる人もいれば
命の危険にさらされていながらも苦笑交じりに冗談をかわす
勇敢な医師や医療関係者、患者たちがいる
母は引き続きメールを送ってきた
天気がいいからパチンコに行ってくると
僕は力なく笑うような面持ちでいってらっしゃいと返信する
戦場になった街で命のやり取りをしている外国の市民に対して気恥ずかしく思う
その気持ちも、終業時間が来てパソコンを閉じれば
娯楽に勤しむ気分に押し流されて忘れてしまうだろう
これが僕にできることの全部かもしれない
分かっているのは日々の暮らしに疲れていることだ
小さな煩いが繰り返される終わらない日常が
どこかで終わることを願っている
そして
世界は大きな煩いを抱えてその煩いの終わりを探している
僕は息を殺してじっと
大きな煩いが小さな煩いを黙殺して押し流してしまうことに
耐えている
ただひたすら耐えている
文章:drachan