コラム

小説:『ドラッグストアには来たけれど』

 

上からのしかかるような暑さのなか、のどがカラカラに渇いた状態で、ドラッグストアに入った。

 

店内はとてつもなく涼しい。オアシスであった。

 

さて、どうしたものかと考えた。のどが渇いているのだから、飲み物を買えばよい。

買えばよいのだが、これが難しい。

いったい何が難しいのか。

 

 

 

ドラッグストアにおいて、ドリンク類は冷蔵スペースに置かれているものとそうでないものがある。冷たくなっているものは当然、そうでないものよりも値段が高く設定されている。

 

それはしかたがない。

 

冷えていないドリンクたちはたくさんあり、安い。

なかには一本500mlのミネラルウォーターが、50~80円ほどで売られているものもある。

いま目の前にあるものは、71円である。

それに対して、冷え冷えのドリンクたちは100円以上する。

 

おれはいま、のどが渇いている。飲みたいのは、冷たい水だ。

 

そうだからといって冷たい水を買うと、不経済な行為に手を真っ赤に染めてしまうことになる。

 

 

加えて、もうひとつ問題があった。

 

ドラッグストアにきて水だけを買う、というのがどうなのかという問題だ。

 

おれはのどが渇いているだけであって、他のものは買うつもりはない。

とくに入用なものはないのだ。

 

しかし、わざわざドラッグストアにきて水だけを買うという行為、それが非常に腹立たしいものに思われる。

 

というのは、ここは薬局なのに水だけ買うなんて、薬局という存在の意味をないがしろにすることになり、店員さんや店長、ひいては本部のひとたちや経営者に大変失礼である…..

などというのは嘘で、水だけ買う客として軽く見られたくないというのが本音である。

 

という自分の自意識過剰さにいらだちを覚え、ますますのどが渇いてきた。

 

ところで、わたしがクリニックを受診した後訪れる処方箋薬局には、ウォーターサーバーがある。そして、自由に飲めるのは水だけでなく、DAKARAやほうじ茶、カルピスウォーターまであるのだ。

 

申し訳ない。あれはもはやウォーターサーバーではなかった。

水以外にも健康飲料などが飲めるサーバーなのである。

 

わたしが今いるドラッグストアには、当然そんなものは存在しない。

街の処方箋薬局には薬をもとめる人しか来ないが、不特定多数が来るドラッグストアチェーンでそんなものを置いたらそれだけ飲みにくる輩がわいてくるだろうからである。

 

家電量販店で、数台並んでいるマッサージチェアに大勢寝そべっている光景を思い出した。

 

申し訳ない。どうでもいいことを書いてしまった。

 

 

 

そうこうしていると、店員が寄ってきて近くの棚を整理しだした。

 

明らかに、整理しているフリであった。

 

大量の汗をかいている中年男が、とくに商品を探しているふうでもなく、長い時間沈思黙考している。その様子に店員が不審なものを感じたとしても、少しも不思議ではない。

 

おれはいたたまれなくなり、店を出た。

 

 

暑い。猛烈に暑い。

 

 

近くに自動販売機を見つけた。渡りに船だった。いや、渡りに船というのはこういうときに使う表現ではない。

 

ミネラルウォーターが売り切れであった。こんなことがあっていいのですか。

 

いったい何の意味がと上に向かって問いを投げてみても、当然こたえはかえっては来ない。

 

何度も硬貨を投入してその度におつりのところに落ちてきて購入を拒否されたことのある。

おれは、おれなりに、頑張って生きています。

 

朦朧とした意識のなかで、おれはただひたすらに歩いた。

 

と、やけに古びた建物ばかりが櫛比する地区にでた。

 

騒ぐ子供たちと井戸端会議を開催中のお母さん連中でごった返す公園の横を通り、そこの水道の蛇口に口をあてようかなどと考えた。

しかし、蛇口をひねっても水の出ない水道のある公園があったことを思い出し、その考えを払いのけた。

 

高架下のところにくると、何やらいい感じの喫茶店があった。

 

こういうのを純喫茶というらしいのは、このあいだおれにしては珍しく読んだ本で知っていた。

 

口の中で泡がはじける。二種類の甘さが、それぞれごとに、あるいは溶け合って、輪舞する。輪舞とはなんなのか実をいうと知らないのだが、とにかくそんな感じである。

透き通る美しいエメラルドグリーンと、オフホワイトのひんやりとした塊。

おれが注文したのはほかでもない、クリームソーダであった。

 

渇きが癒された。巨大なマイナスから通常状態への移行あるいは帰還は、おおきな快楽を呼び寄せる。

めちゃくちゃのどが渇いたマイナスの状態から、飲み物を飲んで通常状態に戻ったわけで、たんに通常に戻っただけなのにすんごい嬉しさや快感がある。

 

そんなことを考えながら、メトロへと階段を下っていった。

 

文章:増何臍阿

 

画像提供元 https://foter.com/f7/photo/12052077163/909bef966b/

 

 

 

 

 

 

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