コラム

短編小説『どっちもどっち』

 

幸子はこれまで旦那のいうことを素直に聞いてきた。

 男という生き物は実に単純な生き物だ。意見に素直に耳を傾けておけさえすればいい。下手に反抗しなければ、万事はうまく進んでいく。

 幸子は表面上は亭主の意見を聞き入れながら、ろくでなしに鉄槌を下す頃合いを見計らってきた。人間という生き物は持ち上げておいて、叩き落せばひとたまりもない。脳は変化自在に操ることができない、不自由な性質を持っている。

 旦那が帰宅した。毎日のように持ち上げただけあって、天狗さながらだった。自宅では俺は神様とでも思っているのもしれない。

「帰ってきたぞ。ビールをよこせ」

 幸子はこうなるのを待ち侘びていた。ここまでもっていけば、こちらの勝利に等しい。

「あなた、キンキンに冷やしてあるわよ」

 旦那は肝臓が悪く、医師からアルコールを止められている。大量に摂取すれば、死に至る危険性もある。

 通常の人間であれば、命と我慢のどちらを選択すればよいのかを理解できる。ただ、天狗になり切っている男にはわからない。

 幸子はアルコール度数の高いビールを大量に振る舞った。旦那はアルコールを大量に摂取したことで、意識不明に陥った。幸子は胸の内でガッツポーズを繰り返す。

 幸子は看護師だ。経験上、救急車を呼んだとしても助かる見込みはほとんどない。

 旦那は朝を迎えるまでに息を引き取っていた。死体を放置すると罪に問われるので、警察に来てもらうことにした。

 死人に口なし、男は昨日の出来事を伝えることはできない。

 警察から事情聴取を受ければ、旦那が制止を振り切って大量のアルコールを飲んだと証言すればいい。救急車を呼ばなかった理由についても、疲れていたから気づかなかったといっておけば問題ない。うまくやれば、夫が100パーセント悪いことにできる。

 幸子にはウハウハの退職金、保険金が待ち受けている。資金を元手に第二の人生を築いていけるといいな。 

 幸子の望んでいた幸せはすぐに崩壊することになる。旦那は保険金を解約し、仕事も数か月前にやめていた。退職金をすでに使い果たし、ギャンブルで莫大な借金を抱えていた。彼女に残ったのは一千万円に迫ろうとする借金だった。

 

文章:陰と陽

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