人間は他人のやってほしいことを察知する能力が低いといわれている。私の旦那は違うと思っていたけど、確実に当てはまっている。
他人の気分を害するような男と一緒に居られるのは、お金をたくさん持っているから。これを失ってしまえば一秒たりとも一緒にいる価値はない。即刻、離婚届をつきつけてやる。
旦那が仕事から帰ってきた。たまには寄り道すればいいのに、一直線に帰ってくる。友達が一人もいないのかな。
「ただいま」
ほのかは明るい声で男を出迎える。本心はこんな男の機嫌など取りたくない。
「おかえりなさい」
旦那はネクタイを緩めると、他人をけなすようなことを発した。
「課長がさ、仕事の失敗をしたんだ。小学生でもできるようなことができないんだぜ。笑っちゃうだろう」
他人を陥れるような内容を聞いても面白くない。ただ、金づるに頑張ってもらわねばなるまい。ほのかは追随するように笑った。
「そうね。小学生以下の課長の下で働くのは大変だね」
「まったくだ。これだったら犬に課長をやってもらったほうがいいんじゃないか」
そこまでいうか、と思ったけど口に出さずにおいた。肝っ玉の小さい男は、ちょっとした批判で機嫌を悪くする。胴体はでかいけど、精神は小学生のままだ。
「晩飯は何?」
「野菜炒めと豚汁」
旦那はメタボで腹が出ている。健康なメニューで体調を整えてほしい。
ほのかの優しさが旦那には気にくわなかったようだ。怒りの矛先がこちらに向いた。
「お前、そんなメニューで満足すると思っているのか。スタミナがつきそうな食べ物を用意しろよな」
スタミナのつきそうなメニューとは肉を指している。旦那は肉に目がなく、ハンバーガーやフライドチキンなどを愛用。肥満体系は普段の食事からつくられている。
旦那はほのかに聞かせるように、舌打ちを繰り返す。
「明日からは肉中心のメニューにしろよ」
ほのかは諦めと同時に、新たな発想を思いつく。旦那に不健康な食事を提供して、あの世に旅立ってもらうのはどうだろうか。愛情なんてこれっぽっちもないし、本人がそれでいいといっているのだから希望をかなえてあげよう。
旦那のいない生活を思い浮かべると、自然と活力が湧いてきた。有害物質をとっとと処分して、新しい生活を築いていこう。最低限のお金ならアルバイトで稼げる。お金はなくてもいいから、愚痴ばかりの男との生活を終わらせることに力を捧げよう。
ほのかはこれまでで一番の笑顔を見せた。他人の感情に疎い男はその意図に気づいていなかった。
文章:陰と陽