コラム

伊藤周平『社会保障入門』(ちくま新書):ケアを考えるシリーズ3作目

伊藤周平『社会保障入門 シリーズ ケアを考える』

実用的で使い勝手の良い本

本書は日本の社会保障制度全般について、その大まかな概要を知りたいと思っている方にとっては、最適の本になると思います。実用の手引き書として使用でき、支援を申請する際の手続きの方法も紹介しています。この本以外に、実用書として使い勝手が良い書籍をあげれば、新日本法規から刊行している『相談・支援のための福祉・医療制度活用ハンドブック』がありますが、これらの本を手元に置いておくと、調べる時に手間が省けて便利です。

ここで本書の構成を紹介しますと、テーマごとに何度でも読み直しができるよう、それぞれ章立てして書いており、さらには各制度の仕組みや課題点などの解説が加えられています。本書で扱っている区分けに従うと、「第二章 年金」、「第三章 医療」、「第四章 介護」、「第五章 労災保険と雇用保険」、「第六章 子育て支援・保育と児童福祉」、「第七章 障害者福祉」、「第八章 貧困問題と生活保護」という順番です。その意味で読者は、最初から最後まで通読する必要はなく、自分の関心や必要のあるところだけを選びながら、読み進めていける等、繰り返しになりますが、実用的かつ参考書的な使い方と、事業所内で何人かで使い回しができる本の構成になっています。

さて、本書のタイトルが『社会保障入門』となっていますが、日本の社会保障の制度自体、他の諸制度とかなり複雑に絡まっているため、難しく感じる人もいるでしょう。そこで、本書を読み解くための予備知識的なことを、筆者が理解している範囲で分かりやすく書いておきたいと思います。少々長くなりますが、この先を辛抱強く読み進めてくだされば、「社会保障関係の教科書を読了した以上の知識」が身についてくると思います。

日本における社会保障の範囲

それでは、まず最初に社会福祉関係で伝えたいことから始めます。日本の社会福祉六法と は、「生活保護法」、「児童福祉法」、「身体障害者福祉法」、「知的障害者福祉法」、「老人福祉法」、「母子および寡婦福祉法」の六つの法律体系が備わっており、これは戦後になって徐々に整備されてきたという歴史があります。また社会保障関係の法律で見れば、「健康保険法」、「国民健康保険法」、「厚生年金保険法」、「国民年金法」、「雇用保険法」、「労働者災害補償保険法」、その他諸々の法律があり、本書ではこれらの制度を総称して社会保障制度のカテゴリーとして扱っていました。(ここがポイントの一つになっています。)

ところで日本で社会福祉という言葉が使われだしたのは、戦後に日本国憲法が施行されてからのことだと、先に述べたことからも分かります。日本国憲法の草案時、GHQの英語原稿翻訳では、「social welfare」に対応する語が存在しなかったため、「社会福祉」という語が充てられたのが始まりです。ちなみにそれまでは、社会福祉のことを日本では「社会事業」や「社会政策」と呼んでいたようです。

日本国憲法第二十五条2頁に『国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない』ですが、英文では(In all spheres of life , the State shall use its endeavors for promotion and extension of social welfare and security , and of public health.)となっていることからも明らかなように、「social welfare」が社会福祉と訳されるに至りました。

この条文から分かることは、社会福祉、社会保障、公衆衛生の3つを並列的に規定しており、それぞれで独立したものだと捉えられていたことです。

しかし、昭和25年に社会保障審議会から出された「社会保障制度に関する勧告」では、社会保障制度が「社会福祉」や「公衆衛生」の他に、「公的扶助」や「社会保険」を包含するものであると位置づけられており、広義の意味では恩給や戦争犠牲者援護を加えるものになっていました。

大事な勧告と思うので、下記に転載して紹介します。

『社会保障制度審議会は、この憲法の理念と、この社会的事実の要請に答えるためには、一日も早く統一ある社会保障制度を確立しなくてはならぬと考える。いわゆる社会保障制度とは、疾病、負傷、分娩、廃疾、死亡、老齢、失業多子その他困窮の原因に対し、保険的方法又は直接公の負担において経済保障の途を講じ、生活困窮に陥った者に対しては、国家扶助によって最低限度の生活を保障するとともに、公衆衛生及び社会福祉の向上を図り、もってすべての国民が文化的社会の成員たるに値する生活を営むことができるようにすることをいうのである。

このような生活保障の責任は国家にある。国家はこれに対する綜合的企画をたて、これを政府及び公共団体を通じて民主的能率的に実施しなければならない。この制度は、もちろん、すべての国民を対象とし、公平と機会均等とを原則としなくてはならぬ。またこれは健康と文化的な生活水準を維持する程度のものたらしめなければならない。そうして一方国家がこういう責任をとる以上は、他方国民もまたこれに応じ、社会連帯の精神に立って、それぞれその能力に応じてこの制度の維持と運用に必要な社会的義務を果さなければならない。』(昭和25年 社会保障制度に関する勧告より抜粋)

ここで押さえておきたいポイントとは、「保険的方法又は直接公の負担」と書いてある箇所です。すなわちカギ括弧に示した方法を取った場合、「社会保障」という言葉を使っても良いとの解釈になっていることが分かります。

時代に即した制度設計

次に社会保障の沿革を探っていく上で、その時々の政治的体制を頭に描きながら、それぞれの制度がどのように正当化されていったのか。ここからは、そのアウトラインを示していきます。

結論から先に言えば、法的に国民が「主権者」への位置にまで認められるようになった時に、「社会保障」という言葉が、国民の中に定着するに至ったということです。(ビスマルクによる「アメとムチの政策」)歴史の流れに即して書いておくと、近代以前の絶対王政から立憲君主制への移行をたどった後、主権者の位置に変化をもたらすような考え方が芽生えた。君主制→立憲君主制→共和制(民主制)へ推移していく流れです。(ただし、現代社会だけで見た場合、議員内閣制、大統領制、社会主義体制の3つに分類できる。)

そうした発想の転換により、主権概念が「君主から大衆の声」の方へと移動していきました。たとえばフランスでは、フランス革命の思想的バックボーンの役割を果たしたルソーの思想。それが大衆に受け入れられて、各地にまで拡散すると、主権者の位置が大衆の方へと向かいました。ここでルソーの考え方を簡単に説明すると、これまで君主や宗教的権威者によって統治されるのが常識であった。それに否を唱えて一般大衆の声が主権を持つものと変更されたということです。ルソーの言葉で言えば、それは「一般意思」と呼ばれています。この辺りのことを、現在の思想の流れで即して解説を加えたものとして、東浩紀『一般意思 2.0』がありますが、この本は現代思想を取り上げているため、社会保障の議論では収まり切れなくなるので、これ入れ以上のことには触れません。興味のある方は、『一般意思 2.0』を読んでください。

ということで、以上のことを頭に入れて政治体制のことを考えますと、敷かれたルールも体制の在り方に添って変化していくことが見えてくると思います。戦後だけで見ていくと、アメリカを盟主とする西側の民主主義体制と、ソ連を盟主とする東側の全体主義体制に二分していました。自由主義体制を取っていた世界では、持てる者と持たざる者の、所謂「格差の問題」が生じてきました。一方、全体主義国家は国家機能を強化することで、富の再分配に力を注ぐシステムでした。そうした富の再分配システムは結果の平等をもたらし、理想的に言えば人々が平等の暮らし向きを制度によってもたらしていこうとする考え方です。

歴史の事実を見れば、ソ連が崩壊したことで全体主義国家体制は世界から消滅していきました。こうしたことの教訓として、国家による統制を強化して「分配の正義」を実現しようとする試みだけでは、体制が保てなくことを学ぶ必要がありそうです。

公共心を疑ってみる試み(「公共選択理論」の紹介)

前述したように、「結果の平等」を優先したい人達は、統治する者の道徳心や公共心を前提にします。リアルに考えると、そうしたものは理想が優先しており、決して現実的ではありません。ですから現実に即した考え方を用いる必要もあり、それが今から紹介する「公共選択理論」です。

公共選択理論とは統治に携わっている関係者といえども、行動する際の動機は公共心や道徳心からではなく、自分(達)の利益を優先する。そのことを研究する理論で、『「人間は自己の利益を最大化することを目的として合理的に行動する」ものであり,社会はそうした利己的人間から構成されるとする。このような考えを,経済現象だけではなく官僚制,政党制,選挙,民主主義などに適用した。』(コトバンクより)と言うことになります。

『公共選択論のモデルでは、官僚組織を構成する1人ひとりの官僚も利潤を追求する合理的な経済主体、すなわち利己心を追求する個人であると想定される。そこから引き出される結論は、民間企業のサービス供給と比較してそのサービス供給は非効率で、過剰供給を引き起こし、国民の要求や選好を反映しないものになりがちとなるというものである。』(黒川和美『官僚行動の公共選択分析』P4より)

言うまでもないことですが、政府の活動自体、私達の税収によって支えられているわけですから、国民に対して公平な分配を心掛けるため、政府が最低限のルール(法律)を敷き、その中に一定の人権擁護についての理念を謳うことは許されています。

私たちが市場で物を購入する際、個人が物に対して対価に見合うと思えば、お金を支払って物を手に入れます。市場での売買が一定のルールを保って機能維持を図るには、上から規制すれば済むだけものではありません。つまり、政府の役割を大きくし過ぎないことが、公共選択理論を学ぶ際のポイントにもなると思います。

4つの政治思想

ここで、政治思想・法哲学の考え方を紹介します。(参考文献:副島隆彦『世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』)

①自然法(ナチュラル・ロー)
社会を成り立たせる自然の決まり事。
②自然権(ナチュナル・ライツ)
個人の生得の権利として、生命・身体・財産の自由がある。
③人権(ヒューマン・ライツ)
②に社会権を付け加えている。
③’アニマル・ライツ
動物の権利まで認める。
④人定法(ポジティブ・ロー)
①②③③’は基本的に自然法を肯定するが、④では法の根拠になるのは、神や自然ではなく、あくまで人間と規定した思想。

「自然権」派は、主権者との契約によって、「生命、身体、財産の自由」が保証されると考えます。一方の「自然法」派は、現実に基づいた認識を重視し、人間社会での不平等そのものを、ありのままに理解しようとする立場です。

「自然権」派の考え方を拡張したものが、所謂「社会権」であって、日本でいうところの憲法25条の生存権がそれに当たります。(社会権までを含める派を、自然権派と区別する必要があり、これを人権派とする)

社会権を含む人権が、本格的に日本に導入されたのが、戦後になってからで、日本で「民主主義」と言う言葉が普通に使われるようになったのもその頃です。日本人は、③の政治思想しか学んでいないので、それ以外の思想的対立を知る由もありません。

『日本人はこのモダン・リベラルとクラシカル・リベラル(古典的自由主義)との区別が今もつかない。中略…。この③モダン・リベラル=人権派は、「貧しい人を政府(行政)が助けるべきだ」となるので、どうしても公務員、官僚、役人たちの分厚い層をつくってしまう、「国家が福祉をやりなさい」という考え方だ。』(副島隆彦『余剰の時代』P98〜P99より)

まとめとしての社会保障

以上、政治的なことを含めて書いたため、回りくどくなりました。本の紹介のみに留まらず、かなり脱線して書いてしまいましたが、最後まで読んでくださった方は、何らかの知的発見があったならば筆者としては幸いです。ですから、本書で紹介したところの『社会保障入門』が提示する視点以外でも、「社会保障を含めた世界全体の動き」を理解する一助になればとの思いで、様々なことにまで言及してきました。

結論としては、社会保障の射程範囲を拡げて行けば行く程、政府の役割が肥大化していく。結果的に、国民に掛かる税負担が増してきます。それに従って、人々が税負担を受け入れると経済成長は見込めなくなり、先に述べたソ連の例のように、国家自体が崩壊に至る可能性もあり得ます。

一方で自由な経済活動一辺倒だけでは、持つ者と持たざる者の格差が拡大して、人々の平等意識が損なわれてしまうことにも繋がりかねません。

それらの対処法として、私が思うことは双方の長所や短所を探りつつも、出来れば一方の立場に偏らないこと。つまり、柔軟な思考を保ち続ける必要があると思います。

たとえば、異質のものを天秤に乗せた時、両方のバランスが保てているような状態を志向すること。そうすることが、結果的に風向きが良い方向に進んでいくのではないかと感じています。

文章:justice

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