駅前のカフェに通っていた時期があった。
雑居ビルの一階がレジスターとセルフサービスの商品受け渡しカウンターがあり、
非喫煙者用の座席が並んでいた。
二階のフロアは喫煙者用の座席だった。
レジスターで料金を払ってコーヒーを受け取り、
階段を上がって喫煙者用の座席に座る。
窓側に座るのが好きだった。
二階の大きな窓から見下ろす駅前の商店街の通りを眺めた。
通りは路線バスの降り場から駅の改札口まで伸びており、
バスから降りた乗客たちが集団で駅の改札を目指して歩いていく。
その雑踏の流れを眺めるのが好きだった。
毎日の食べ物を買いに、コンビニエンスストア通いから、
近所のスーパーマーケットへ買い出しに行くこともあった。
学生のアルバイトだろうか。
若い女性がレジ係に立っていてそこへ惹かれるように並んだ。
だが気味悪がられていることに気づいて、すぐにスーパーマーケットには行かなくなった。
その頃からだろうか、駅前に行くついでにカフェに入るようになった。
カウンターの店員はアルバイトの若い女性ばかりだった。
口ごもり呂律が回らないので注文に苦労した。
店内は客同士の話し声で賑やかで、よく聞き取れない言葉で注文を発すると、
アルバイトの女性の店員は怪訝な顔で何度も聞き返していた。
コーヒーを手渡されて2階に上がり大きな窓の前にあるカウンター席に座る。
雑踏を上から眺めていると、ときどき、その人波をかき分けるように配達のトラックがゆっくりと通りを曲がってゆく。
1杯のコーヒーで1時間ほど座って眺めていた。
空いたグラスを返却台に置いて外へ出ると重苦しい気分が少し解放された気がした。
何かを成し遂げたような気分がした。
昼夜逆転の日が続く。
朝方まで起きて朝7時にカフェの開店時間に店に入る。
背広やワイシャツ姿の出勤途中の客が半分くらいと、
明らかに無職で暇を持て余している中高年の客が半分くらい、
思い思いに席でコーヒーと煙草を喫んでいた。
窓の下の駅の改札へ向かう人の行列を眺めていて、
それだけで自分も出勤してどこかの職場へ向かっている気がして、
そんな錯覚を楽しんでいた。
そして通勤時間が過ぎると、自宅に戻り、夜まで眠った。
そんな不摂生な暮らしでもカフェに通うことで何かをしている気がした。
療養中の遠い記憶の断片である。
文章:drachan
画像提供元 筆者撮影