夜11時少し前。
オフィスは暗くしんとしていて、私は明日のプレゼンのパワポ資料を作るため残業していた。
最後の同僚が「お疲れ様です」と言って部屋を出たあと、資料作成の仕上げが終わり安堵したとたん、急に便意をもよおした。
急いでトイレに駆け込む直前、洗面台のところに何かがあるような気がしたものの緊急事態なので構わずドアを開け、チャックをおろし便器に座る。
ひどい下痢だった。お腹をくだすようなものを食べた心当たりが全くない。
昼食はうどんだったし、やはりストレス性のものだろうな、と思った。
終電まで時間がない。さあ帰り支度をしようとレバーに手をかけた瞬間、
ドン!!!
とドアを叩く大きな音。
いろんなことが頭をよぎった。しばらくじっとしていた。数秒か数十秒かはっきりとはsyouわからない。が、ドアを叩いた人が立ち去った気配はない。
そう、ドアの外にいる気配がするのだ。
厄介なことになった。会話を試みることにする。
「誰ですか?」
声を発した瞬間、あまりよい質問ではないと思った。
が、しばらくしても返事はない。
急がないと終電に間に合わない。勇気を出してドアを開けた。
誰もいなかった。
確かに気配があったのに。
さっきのは何だったんだろう。
翌日のプレゼンは我ながらなかなか上手くいった。上司にお褒めの言葉をいただいた。
上向いた気分で社をでて、どこかで呑んで帰ろうかと考えた。
何気なくスマホでニュースを眺めていたら、殺人事件の凶悪犯が長年にわたりどこかに潜伏していたのが、つい昨日捕まったという記事を見つけた。直近の根城は、会社のすぐ近くであった。
そして、その凶悪犯は、トイレのドアを蹴って中で踏ん張っている人を驚かせるという愉快犯的な習癖をもっていたという。
冷や汗を掻いた。
文章:増何臍阿
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