一週間ほど入院したときのこと。
わたしの病室のある階は、わたし以外にはお婆さんが入院しているだけだった。
そのお婆さんは少しボケてしまっているようで、いつも夜中に部屋を間違えてドアを開けにくる。
最初は驚いたが、やがてそれも慣れ、お婆さんがくるたびに、
「お部屋はお隣ですよ」
と声を掛けていた。
その晩もまたドアが開き、お婆さんが覗き込んできた。
わたしはいつものように、
「お部屋はお隣ですよ」
と声を掛けた。
だがその時は、しばらくドアのガラス越しに、廊下をひたひた歩き回るお婆さんの影が見て取れる。
「違う、違う、ここじゃない・・・、わたしの部屋はどこ?」
などとつぶやく声も聞こえてくる。
- あのお婆さん、いよいよ末期か・・・ -
やがて声もしなくなり、ようやく静かになったと、わたしは眠りについた。
朝になって看護婦さんが、お婆さんの病室の片付けをしていた。
その看護婦さんによると、お婆さんは昨夜、容体が急変し、そのまま亡くなったということだった。
わたしの部屋を覗きに来た時間には、お婆さんは霊安室に移されていたという。
文章:百百太郎
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