コラム

短編小説:『最後は幸せ』

 

 私は体調に強い異変を感じます。これまではこんなことはなかっただけに、おかしいなと思いました。
 母に異変のことを伝えると、検査を受けるようにいわれました。私はあまり乗り気ではなかったものの、病院に足を運ぶことにします。母親を安心させるため、自分は病気にかかっていないことを証明するために、検査を受けることがもっとも手っ取り早かったからです。
 検査の結果は想像の範疇を超えていました。体内で病気が進行しているらしく、余命は長くとも一年と宣告されます。私はショックが大きすぎたのか、他の話については全く記憶できませんでした。
 検査結果は嘘であると証明するために、他の病院においても検査を受けます。結果は変わることはありませんでした。余命一年という診断が確定します。
 母に検査の結果を伝えます。こちらもショックは大きかったのか、スマートフォンを地面に落とす音が聞こえてきました。娘を失うことになるとは考えもしなかったのでしょう。
 余命一年と宣告されてから、初めて婚約していた男性と顔を合わせます。私は一年しか生きられないのに対し、彼はあと60~70年ほど生きることができます。私はそのことに劣等感を抱きました。
 私は婚約していた男性に「わかれてください」と伝えます。彼から理由を聞かれるも、かたくなに答えませんでした。結婚を約束している男性であったとしても、一年以内に死ぬことだけは知られるわけにはいきません。病気を知られた瞬間、ポイ捨てされるところがはっきりと浮かびます。
 自力で生活できなくなったため、入院生活を送ることになりました。
 最初は一本だった点滴は、二本、三本、四本と増えていきます。私は腕に刺さっている針の数が増えていくたびに、死期に近づいていくのを感じました。
 彼と別れて半年くらいが経った頃に、一度だけ会いたいと思うようになりました。自分から別れを切り出したくせに、婚約していた男性の顔を見たくなったのです。自分勝手だと思われるだろうけど、死ぬ直前のわがままは許してほしいと考えました。
 彼との対面は叶わないと思っていた中、別れを告げたはずの男性が足を運びます。私は目の前に現れたことは信じられませんでした。
 彼は私の変わり果ててしまった姿を見るや、すぐに泣きだします。その後、小さな声で「ごめんね」と謝ってきました。私は「見舞いに来てくれてありがとう」と返事をします。
 男性は毎日のように見舞いに来てくれました。そんな姿を見て、彼のことをもっと信用すればよかったと後悔しました。同時に病気にかかっても、温かく接してくれる男性と交際できてよかったとも思いました。
 私は男性の手をそっと握ります。久しぶりの温もりに、涙がぽつぽつとこぼれました。
 男性も同じように涙を流しています。私は大切にされていることを、心から嬉しいと思いました。
 婚約していた男性が室内に入ってきます。いつもとは雰囲気が異なるので、何かあるなと感じました。
 彼は鞄の中からリングケースを取り出します。数秒後、本物の結婚指輪が登場しました。値段はわからないものの、本物なら百万円はくだらないのではないでしょうか。
 彼は「きみのために用意したんだ」といい、私の指にはめます。サイズはぴったりだったことから、私のためにつくったのは明らかです。
 婚約指輪をはめさせてもらっているとき、母が病室を訪ねます。私のために婚約指輪を用意した男性に、深く頭を下げていました。
 男性は指輪をはめると、すぐに病室を出ていきました。「結婚しよう」という言葉は聞けなかったものの、彼の婚約の意思を感じ取ったことで、心から感動を覚えます。長く生きられない人間のために大金を投資してくれるなんて、通常ではありえません。
私は「短い間だったけど、ありがとう」と母に感謝の言葉を伝えます。私を出産してくれたからこそ、最高の瞬間を経験できたことはれっきとした事実です。
 わずか二十年ちょっとしか生きられなかったけど、最高の締めくくりで終わることができそうです。地上に生まれてきて、心からよかったと思います。

 

文章:陰と陽

 

画像提供元 https://foter.com/photo4/hand-propose-ring/

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