達也は物心ついたとき時から、絵を描くのが大好きだった。
他人にはなかなかいえないけど、将来は画だけでご飯を食べる人生設計を立てている。無謀とはわかっていても、挑戦してみたかった。
どうしてそのように思ったのかというと、平凡に生きる道を選択したくなかったから。一流の才能があるのかどうかはわからないけど、未知の領域に足を踏み入れてみたかった。
勝算のない考え方なので、両親に猛反対を食らうかと思っていた。それだけに二人の言葉には驚かされた。
「そう思うのであれば、とことんやってこい。俺たちはお前を応援している」
絵のレベルアップのために、数年間の海外留学を薦められる。一流になるためには、一流に触れなくてはならない。三流の世界にどっぷりとつかっていても、何も得ることはない。両親はそういうポリシーを持っている。
留学にあたって、両親から条件をつけられた。三年以内に三作品以上、世界最高峰の展示会に画を応募すること。チャレンジしなければ何も得られないという考え方をしている。
達也の海外留学は一週間後に迫っている。目の前にいる女性と顔を合わせるのは、今日で最後となる。
雪には海外に留学することを伝えた。寂しそうにするかと思ったけど、そのようなそぶりは見せなかった。絵を描くと決めた男を、純粋に応援しようとしている。
彼女は変わり者の男性を気に入った唯一の女性。何歳まで生きたとしても、雪よりも想ってくれる女性とは出会えない。
雪は体内のエネルギーを全部使って、身体を思いっきり抱きしめてきた。達也は瞼を閉じながら、
女性の想いを受け止める。
雪の首筋からかすかな香水の匂いがする。いつもは心地よく感じるのに、本日に限っては、違った意味で鼻腔を刺激していた。悲しさ、切なさのニュアンスが含まれているように感じられた。
二人の身体が自然と離れる。さきほどはケロッとしていた、女性の瞳に涙が浮かんでいた。画のことばかり考えていた、男性のことを想ってくれているのが嬉しかった。
「雪のために、とびっきりの絵を描けるようになる」
雪との結婚を実現させるためにも、きっちりとした収入を得られるようになりたい。精神的に支えて続けた女性に恩返ししたい。
「あなたの成功を心から願っている。成功した暁には・・・・・・」
雪のためにも、絶対に成功しよう。達也は心の中でそのように誓った。
文章:陰と陽