コラム

ショートショート『たまには傘を忘れてもいいかな』

 

 本日は空から透明の液体が降っている。一時間で一〇ミリに匹敵するレベルだった。

 上半身はブラウス、Tシャツ一枚の着用。粒が大量に付着すると、すぐにビショ濡れになってしまいそうだ。

 明日根は帰宅時に、折り畳み傘を家に忘れたことに気づいた。昨日、カバンの中身を大掃除しているうちに、大事なものまで取り出していた。

 午後からの降雨なのが不運だった。朝から傘が必要ならば、所持しているのかを確認していた。

 気象庁の天気予報では、午後九時まで雨が降るといっていた。当分、やむことはないだろう。

 猛ダッシュしても、ブラウスとシャツが濡れるのは避けられない。水に濡れると、スケスケ状態となり、周囲に水色の下着をさらしてしまう。女性として到底受け入れられない。

 雨が止むのを願っていると、クラスメイトの纏が声をかけてきた。彼女はきっちりと傘を持っていた。本日の予報を見ていたら、忘れることは考えられない。

「明日根、どうしたの」

 明日根はどしゃ降りの空を見上げた。

「傘を忘れちゃった」

 同じ方向なら一緒に入れてと頼んでみたいところだが、纏とは帰り道がまったく異なる。それゆえ、傘に入れてもらうことはできない。

 同じ方角だとしても、この雨量では厳しいかな。自分の不手際で、友達に迷惑をかけるわけにはいかない。

 纏はありきたりなことをいった。彼女としては、最大限の配慮をしようとするのが伝わってきた。

「そうなんだ、雨がやむといいね」

 纏はそれだけ言い残し、明日根の側からいなくなった。ちょっと冷たいと思ったものの、口には出さなかった。

 雨はなおも降り続ける。校庭の道路では水が一〇センチほどはねており、傘をさしていても靴下、靴に大量の水気が含むことになる。

 空を見つめ続けていても、家路につくことはできない。明日根は覚悟を決めることにした。

 明日根が雨の中に飛び出そうとする直前に、男性から声をかけられた。

「藤原じゃないか。どうしたんだ」

 後ろを振り向くと想い人である、長谷川豊が立っていた。

 彼は散髪したばかりなのか、横と後ろがかなり短かった。明日根は男らしいところに、胸がときめいた。彼女は長髪よりも短髪が好みだ。

 明日根の心臓がバクバクしていたからか、うまく発声することはできなかった。それでも、傘を忘れたことを伝えるという最低限のことはできた。

「俺、傘を二本持っているから、そのうちの一本を貸してもいいぞ」

 長谷川は通学カバンの中から、折り畳み傘を取り出した。彼は他に自分用の傘を持っていた。

「折り畳みで雨を完全にガードできるかわからないけど、手ぶらよりはずっとましだろう」

 明日根は好意を素直に受けることにした。

 傘を受け取るとき、少しだけ指と指が触れる。彼の温もりにドキッとして、危うく折り畳み傘を落としそうになった。

「じゃあな。雨に濡れないように気をつけろよ」

 明日根は感謝の気持ちを伝えた。

「長谷川君、ありがとう」

 好きな異性から傘を貸してもらえるのなら、これからも忘れようかな。明日根はそのようなことを考えていた。

 雨が降り続けているにもかかわらず、空に虹が映し出されているように感じられた。明日根のハートが七色の虹のように輝いているからなのかもしれない。

 

文章:陰と陽

 

関連記事

  1. 大相撲の新弟子基準及び付け出し資格が変更
  2. 一部の無責任な飼い主のせいで『ヘビ飼い』の肩身が狭いです
  3. コロナ禍の区切り、だが。
  4. ショートショート『脳の器質的な損傷を改善する手術』
  5. 4人のオタクと美女達が巻き起こす恋愛コメディドラマ『ビックバンセ…
  6. 6人目の中学生棋士誕生なるか
  7. スマホで副業?
  8. クリエイティブスキルは、役に立たない?

おすすめ記事

障碍者が一般会社で働く難しさ1

 障碍者雇用枠で一般で働いたことがある。その時に感じた困難をあげる。…

大相撲の新弟子基準及び付け出し資格が変更

大相撲では新弟子の基準、付け出し資格が変更になります。どのように変わっていくのかを書いていきます。…

『最低の人間…』―最低の人間が近くにいてごめんなさい―

最低の人間と…言われた人間は…心が崩壊した。…

『いいじゃん!』―あなたらしさが自分を変える―

怒ったっていいじゃん…泣いたっていいじゃん……

障碍者は職場で支援員(健常者)と親しくするのは難しい

 障碍者は職場で支援員(健常者)と親しくするのは難しいのかもしれません。理由を一つず…

新着記事

PAGE TOP