コラム

佐藤優, 池上和子『格差社会を生き抜く読書』(ちくま新書):ケアを考えるシリーズ5作目

佐藤優, 池上和子『格差社会を生き抜く読書』ちくま新書

対談形式の書籍

本書は、元外務官僚で現作家である佐藤優氏と臨床心理士で公益財団法人全国里親会、及び全国里親委託等推進委員会の主任研究員をしている池上和子氏との対談本です。

佐藤氏の経歴を簡単に紹介しておきますと、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省へ入省。1995年から外務本省国際情報局分析第一課において主任分析官として勤務。2002年に背任と偽計業務妨害容疑で逮捕され2005年2月執行猶予付き有罪判決を受ける。2009年最高裁で有罪が確定し、外務省を失職するに至りました。

作家活動としては2005年に刊行された処女作『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて』が、毎日出版文化賞特別賞を受賞したことでベストセラー作家の仲間入りを果たしました。佐藤氏は神学、政治・経済、哲学、インテリジェンス関係等々、多方面に渡って沢山の著書を発表しています。現在は執筆のかたわら、さまざまな分野で活躍している著名人の方達との対談を積極的に行っており(数多くの対談本を刊行済み)、そこからも推測できるように、彼は博識でもって知られている人物でもあります。

テーマは「子供の貧困問題」

この本の概要を紹介しますと、現在の日本社会における「子供の貧困問題」がテーマとなっています。本書のタイトルからすれば、「格差社会」関連の知識が得られる書籍の紹介本だと言うような感じを醸し出していますが、中身は子供の貧困問題を中心とした語りに頁が割かれています。ですからタイトルに付いている格差社会の問題と言うよりも、どちらかと言えば「子供の貧困問題」を考える上での副次的効果をもたらす書籍の紹介が多かった印象を受けました。余談になりますが、もし本の題名に注文をつけてもよいであれば、もっと分かり易くすべきだと思います。たとえば、「児童福祉問題」を扱っていることが伝わるようなタイトルの方が、より本書の内容に即したものになったことでしょう。

さて、「子供の貧困問題」を考える際の前提としては、1990年以降に起こった現象(日本経済のバブル崩壊)を経た後、日本の貧困化が徐々に進行していった。そして現在では「貧困」はもとより、「格差」、「不平等」などが切実な社会問題として、世間一般に受け入れられるようになるまでに変化してきた。こうした内情が日本社会で共有知として認識できるに至ったというのが本書の出発点になっています。それを裏付ける根拠として、正規職員の平均年収が478万円、非正規職員の平均年収170万円の数字を取り上げ(2016年度)、日本には構造的な不平等な問題が内在しているということを指摘します。
本書では、国民間での経済的格差が引き金となり、新たに教育格差も顕在化するようになったとの問題意識を持ち合わせています。ここから更に問題意識を深め、教育格差を含めた「子供の社会的養護」の問題が浮上したことにも注目していきます。 

普遍主義と選別主義

全ての人に等しく社会サービスを提供していくのが「普遍主義」。一方、貧困な状態に陥った人に対して、国が最低限の生活を保障するため、社会サービスを提供していくのが「選別主義」です。
本書ではイギリスにおける学校給食の事例(給食費が一律に10歳までは無償化している)を取り上げ、普遍主義の実践例を紹介していました。つまり子供の食べるについては、社会が面倒をみる制度設計が出来上がっている。ここでのポイントは、すべての子供に対して一律に無償化を実行しているところです。子供の貧困対策については、原則として「普遍主義」の視点を採用しているのが本書の立ち位置とだと言えます。

佐藤 子どもの貧困は、社会構造の変化によって生じているから、社会全体で解決のために努力しなくてはなりません。(本書P47より)

上記の引用文から分かることは、「子供を社会全体で育てていくことが可能なよう、制度全体を見直していく」ことに対して、肯定的だということが読み取れると思います。それを推進することで「子供の安心・安全が守られる。健全な育成に繋がるのではないか。」との視座を得ることが重要な点だとします。したがって子供の支援は、原則として普遍主義的な体系を獲得していかなければならないことに繋がってきます。

こうした考え方を補強するため、本書の中で佐藤氏がロシアのある事例を紹介していました。それによると、ロシアでは2人目の子供が生まれると、その世帯に対して年収以上の収入が国から支給されるなど、子供に対する社会的な支援が日本よりも充実しているところがあると指摘していました。

社会的養育の拡充策へ

『池上 困難な状況にある家庭に働きかけ、過酷な環境下にある子どもを早い段階から実親でない適切なかかわりをする大人と接触させ、安定した人間関係を構築していくための最初の土台をつくる。このことに成功すれば、その子は幼少期以降に学校で出会う教師など、他者と円滑にコミュニケーションを取っていくことができる。』(本書P94より)

上記の池上氏の発言は、2017年12月、厚生労働省子ども家庭局家庭福祉課が発表した「社会的養育の推進に向けて」を踏まえたもので、国の方向性としては、今後、「社会的養育」を推進していくとの方針を打ち出していることからも明らかなように、それを意識した上での発言なのでしょう。

さて厚労省のホームページでは、社会的養護を『保護者のない児童や、保護者に監護させることが適当でない児童を、公的責任で社会的に養育し、保護するとともに、養育に大きな困難を抱える家庭への支援を行うこと』と解説し、その理念として、「子どもの最善の利益のために」と「社会全体で子どもを育む」と定められていました。

本書の中で池上氏は、日本における「子供の相対的貧困率」は328万人に及んでいるのにもかかわらず、社会的養護のもとにある子供が4万6千人(内3万8千人が施設養護)しか上がっていないことに疑義を呈し、この分野での支援がかなり遅れていると主張していました。

社会的養護の分野で行政機関等の公的支援を充実させるための方策として、本書では児童相談所の役割に期待していました。法律面からみると、2016年に児童福祉法の改正によって、「基本的に児童相談所が家庭養護を推進していく。」となっているので、社会的養護の拡充策については、今後、児童相談所の役割が鍵を握ることになるでしょう。

肥大化した行政機関と個人の関係

行政機関の役割に期待を寄せることは、そのまま福祉財政の肥大化を招いてしまうことにも繋がりかねません。切実な問題として外せないのは、やはり財源の問題に尽きると思います。個人の権利を守るため、ある程度の負担を強いられるのは理も当然のことですが、権利には義務が伴ってきます。国が個人に義務を果たす場合、ある制度を作ってそれを遵守させることで、新しい制度が徐々に社会の中に浸透していきます。そして、国のレベルで財政を賄うことが困難な状況になれば、その代役として地方自治の方へ軌道修正していく流れがあるため、国と地方行政は相互で補完し合っている関係性があると言えます。

伊藤周平『社会保障入門』のレビューのところで「公共選択理論」を紹介した際、行政を司っている人達も、自己利益のために仕事を遂行している可能性があると指摘しましたが、この点を考慮すれば、福祉行政に対して、お上意識だけではなく、しっかりとアンテナを張っておくべきだと思います。たとえば、官僚は自分が属している省庁の権益の維持・拡張や退職後の再就職先のことを優先して、施策を講じているかも知れないという疑いのまなざしです。

福祉施策が拡充するほど、それに掛かる費用が増加していきます。それを負担するのは当然、個人の義務にもなってきます。ですから、国が個人の私生活に介入できる仕組みを作っているのかも知れない。もっともそれは、安全・安心を求める代償としてのことになりますが。

本書が良とする考え方は、行政の働きによって制度を拡充し平等な社会を作り出していくことだと受け止めましたが、筆者にはそれがバラ色には見えません。個人の私生活にまで介入することを法的に定められると、その途端に気づくことは何かを考えてから、自分の方針を決めても遅くはないと思うからです。

「個人の自由」と「社会的な平等」の両立。そのどちらにも偏らず、バランスを保つことが本当に重要であると考えています。つまり、権力の一極集中を防ぐため、あらゆる領域で法化しようとする流れに対し、一度立ち止まって見つめ直してみることが賢明な選択に近づくのだと思います。

『現代福祉国家においては、国家の介入は経済的領域にかぎらずさまざまな社会生活領域に及んでおり、そこでは法が政策実現の主な手段とされている。このような社会介入の道具・手段としての法が増大・複雑化するにつれ、法の機能不全が生じ本来個人の自由を擁護するはずの法が逆にそれらを侵害するという現象、すなわち法化の問題が生じたのである。』(橋本裕子『リバタリアニズムと最少福祉国家 制度的ミニマニズムをめざして』P99~P100)

 

文章:justice

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