コラム

短編小説:『自動販売機』

 

ビルの出入り口のところに自販機があった。

 

ふだんそれを利用することはなかったが、ある時のどが渇いたので、はじめて小銭を入れた。

すると、入れた小銭がおつりのところに落ちてくる。

ランプはつかず飲み物を買うことができない。

 

こういうことはままある。

 

気をとりなしてもう一度小銭を投入した。

またしてもおつりのところに落ちてきた。

その後、十回ほど試しただろうか、何度やってもなしのつぶてであった。

 

最初はおかしみを感じていたが、だんだん腹が立ってきた。

 

と、そこにT君がやってきた。

 

T君は性格がすこぶる良い。そのことは彼を知る人々が口々に言うことだ。

わたしはT君に、愚痴をこぼした。

 

彼に硬貨の投入を試してもらって、わたしの窮状が真なるものだとわかってもらいたくなった。理解者が欲しかったのだ。

自販機に拒絶されるという、絶後の悲惨。

己の進退極まる惨めさに、塩辛い涙の心地よさをも感じる。

そこにおいて、彼の同情を得て、かりそめの癒しにひたる。

そんなことを望むほどに、情けなくも、わたしの精神は危機にあったといえる。

 

 

驚くべきことが起こった。

なんということだろう、彼が小銭を入れると、あっさりとランプがともったのだ!

 

かれはこういった。

「入れ方ですよ。」

 

その口調には、わたしを慰めようという深い慈悲心が込められているように思われた。

あなたは悪くない、単なる入れ方の問題なのだという・・・・。

運命と性格に関する、くだらなくも複雑な、沼のような問いにわたしははまりこんでいった。

 

文章:増何臍阿

 

画像提供元 https://foter.com/f6/photo/35413022971/7e4ff48dd/

関連記事

  1. ショートショート:昼休みのひととき「女子社員の会話」
  2. エッセイ:『ある愚考のひとつのかたち』
  3. ショートショート『近未来の高齢者の行く先』
  4. 「善き友」を求めていきたい
  5. プロにはお金を払おう
  6. 小説:『借金を完済した直後にあの世に旅立った女性は異世界に転生(…
  7. 東中竜一郎『AIの雑談力』角川新書
  8. 魔法少女という名の時限爆弾

おすすめ記事

腹を割って話そう

出典:© いらすとや. All Rights Reserved.ゆるキャン△?喰えるのか、そ…

コンフォートゾーンを抜け出そう

コンフォートゾーンとは、「居心地のいい場所」という意味です。…

勝南桜が引退

 勝南桜(服部桜)を土俵で見られない あまりにも弱すぎるといわれていた、勝南桜の…

幸福追求権

これは、日本大百科全書(ニッポニカ)によると、「日本国憲法(13条)に保障された基本的人権の一つ」と…

刺激不足な毎日。刺激が欲しい人のやるべき事とは――?

平和な毎日が一番。大多数の人々がそう口にするでしょう。しかし、平和な毎日ほどつま…

新着記事

PAGE TOP