コラム

小説:『出会いはどこから転がり込むかわからない 中』

 

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小説:『出会いはどこから転がり込むかわからない 上』

 

前回からの続き

第三章 : 食事後

 

 松屋における食事に女性は大満足したのか、歯にかんだ笑顔を見せた。

「とってもおいしかったですね」

 女性は牛と味玉の豚角煮丼生野菜セットを注文していた。見た目は華奢なのに、ボリューム満点のメニューを好むようだ。

 椿は創業プレミアムビーフカレギュウを注文。簡単に食べられるかなと思っていたものの、ボリュームの多さに胃袋の限界を超えてしまった。女性と一緒でなかったら、トイレで用を足していたと思われる。

 食事でさすがに終わりかなと思っていると、女性は帰り道について聞いてきた。一秒でも長くいようとしているのを感じ取った。

 椿は方角を正確に伝えることにした。

「京阪電車で京橋まで行きます」

 さすがについてくることはないと思っていると、女性は感嘆とした声を発する。椿の胸の中ではただならぬ予感がひしめいた。

「私と同じ方角じゃないですか。一緒に帰りましょうよ」

 方角は同じだとしても、電車まで同じとは限らない。香里園、寝屋川市、守口市に行くのなら、特急に乗車するといってお別れするプランを描いた。急行、準急で行けなくはないものの、できることなら避けたかった。準急は香里園で特急の通過待ちを行う電車が多く、タイムロスはかなり大きくなる。 

「急行、準急などに乗るのはお断りです。特急でスムーズに帰らせてください」

 椿の身体はあまり強くないため、仕事をまっとうするだけで悲鳴を上げる。他のことにかまっている余裕はない。

 女性はノープロブレムといわんばかりに、人差し指を左右に動かしていた。

「私は淀屋橋で降車しますので、同じ列車です」

 淀屋橋は京橋の3つ先の駅で、特急も停車する。同じ電車で帰るのは物理的に可能だ。

 女性は大切なことを思い出したとばかりに、手をポンとたたいていた。

「自己紹介をしていませんでした。私の名前は藤崎真紀といいます」

 椿はつられるように自己紹介をしていた。女性にだけ名前を名乗らせて、自分は隠すのは

違うのかなと思ってしまった。

「立花椿といいます。よろしくお願いします」

「とっても素敵な名前ですね」

 名前をほめられたことは一度もなかったからか、心は少しだけ温まることとなった。

 二人で枚方市駅に向かっているさなか、椿は少しだけ胸の高鳴りを感じていた。

 

 

第四章 : 三度目の正直

 

 一週間後、同じ時間、同じ場所で女性から声をかけられた。

「立花さん、こんばんは」

三度目ともなると、どういうわけか怖くなかった。変な意味で慣れてしまったのかもしれない。

 藤崎は前回と同じく、今回も食事に誘ってきた。

「一緒に食事しましょう」

 またまた松屋に行くのかなと思っていると、予想の斜め上をいっていた。

「今日は餃子の王将にしましょう」

 見た目は指一本で折れてしまいそうなくらい華奢なのに、ボリューム満点のメニューを好む。人は見た目によらないのかなと思わされた。

 椿の頬が冷たくなる。風によるものかなと思っていると、指が触れていることに気づいた。

「え・・・・・・」

 藤崎はしばらくの沈黙ののち、自分が何をしていたのかに気づいたようだ。

「すみません。無意識のうちに手を伸ばしてしまいました」

 椿はおなかを抱えて大笑いをする。頬をくすぐられたからではなく、女性のとっさの行動に対してだった。

「どうして笑っているのですか」

「自分の頬に触れるのならわかるけど、他人のほっぺたに堂々と触れるのはおかしいじゃないですか」 

 藤崎は子供扱いされたことで、拗ねてしまったようだ。

「鈍感な男にはいわれたくありません。女性の気持ちを一ミリくらいは察しないと、異性にもてませんよ」

 交際している彼女はいないものの、挑発されたことで見栄を張りたくなった。咄嗟に思いついた嘘をつくことにした。大きな禍になろうとは一ミリも予想していなかった。

「僕だって彼女くらいはいますよ」

 藤崎の瞳から涙がこぼれていた。暗くてよく見えないはずなのに、真っ赤に染まっているように映った。

「私は利用されていたということですか」

 利用するもなにも、あちらから近づいてきただけじゃないか。アクションを起こしていない以上、責められるのは筋違いだ。

 藤崎は頬をくしゃくしゃにしながら、もう一度だけ確認を取った。

「女性と交際されているんですか」

 整合性を取るのか、本当のことを伝えていいのか悩んだ。どちらにしても、良い展開になることはない。

「いいえ、いませんよ。さっきは見栄を張りました」

 身体が弱くて、変わり者の男と親しくなろうとする女性はそうそういるものじゃない。高校時代に一人いたものの、社会人になってからはさっぱりだ。

「もう一度だけ確認します。彼女はいないんですね」

「はい」

 藤崎は空を見上げている。椿は何を意図しているのか、よくわからなかった。

「女性を悲しませる嘘をつくなんて、男として最低レベルです。私は深く傷つきました」

「どうしたら許してもらえるのでしょうか」

 藤崎は顎に手を当てながら考えている。椿はその時間がとてつもなく長いように感じられた。

 女性の導き出した答えは、椿にとっては重いものだった。

「ご飯をおごってくれたら、水に流すことにします」

 手取りは十三万円前後しかないため、普段からお金を持ち歩くことはほとんどない。本日は一五〇〇円しか財布に入れていない。このお金では、一人分の食事を払えない可能性も十分にある。

 椿は金銭事情を伝えることにした。

「お金をあまり持っていません」

 女性は一五〇〇円しか入っていない財布に、がっくりと肩を落とすこととなった。その後、落胆したのをはっきりと感じ取れる声を発した。

「社会人にもかかわらず、一五〇〇円しかもっていないのですか」

 女性は顎に手を当てて考えこんでいた。椿はそんな女性に直接的に聞くことにした。

「お金のない男に失望しているのですか」

 女性はなおも考え込んでいた。どのようにすればいいのか、よくわかっていないように感じられた。

 一分後、女性はゆっくりと口を開いた。

「心の整理をつけるまで、時間を要しそうです。今日はお開きにしましょう」

 女性はそれだけ言い残すと、早足で駅のほうに向かっていった。椿の胸の中にはもやもやした感情だけが残った。

 

次回へ続く

 

文章:陰と陽

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