コラム

『La Peste』(Albert Camus)

カミュ『ペスト』新潮文庫のレビューです。

Those who speak selfishly seek their own glory. But he who seeks the glory of the one who sent himself is a truthful person, and he does not have injustice. ― (John the Gospel 7.18)

危機状態の中の群衆心理とは

この作品の概要を申上げますと、ぺストの流行によって市が閉鎖されるという危機に陥り、そこで(アルジェリアのオラン市)暮らしている人たちが、一種の監禁状態に置かれてしまった結果、人々はペストと対峙しなければならないという現実を、否が応でも受け入れざるを得なくなった場面設定の中での、「人間の営みを問うている作品」だと思います。

市中でペストが蔓延しているにも関わらず、市民はその現実を受け入れ難い事象(抽象の世界)として、あたかも現実逃避しているかのような態度を取り続けていますが、人々はパヌルー神父が行なった演説によって事態の深刻さに気付き始めます。

 

一神教への帰依

信仰心が希薄な日本人の感覚では、理解し難い内容かと思われますが、小説の中からパヌルー神父の演説の一部を引用しておきますので、皆さんがこの問題について、考えを巡らせる上での思慮を深める材料となれば幸いでございます。

なお、私見ですがこの演説自体にかかる意義とは、理論的考察よりも、やはり人々の信仰心に訴えかけたものであるといえましょう。

皆さんのなかには、さてそこで私がどういう結論へ行き着こうとしているのかと、疑問をいだかれるかたも多いことでありましょう。私は皆さんを真理に行き着かせたい、そしてたとい私が述べたようなすべてのことがらはあろうとも、喜びをもつことを皆さんに教えたいと思うのであります。忠告や友愛の手が皆さんを善へ押しやる手段であった時期は、もう過ぎ去りました。こんにちでは、真理はもう命令であります。そして救済への道は、すなわち赤い猪槍がそれを皆さんにさし示し、またそこへ押しやるのであります。ここにこそ、皆さん、あらゆるもののうちに善と悪をおき、怒りとあわれみと、ペストと救済とを置きたもうた神の慈悲が、ついに明らかに顕現されているのであります。皆さんを苦しめているこの災禍そのものが、皆さんを高め、道を示してくれるのであります。

ずっと昔のことでありますが、アビシニアのキリスト教徒たちは、ペストというものを、永生をかちうるための、神から出た、有効な手段というふうに見ておりました。ペストにかかっていない者たちは、みずからペスト患者の毛布にくるまって、確実に死のうとしました。もちろん、こういう狂熱的な救済欣求は推賞すべきではありません。そこにはじつに傲慢にも近い、遺憾とすべき性急さが表れております。神以上に急いではならず、およそ神がひとたび永久に建てたもうた不易の秩序を早めようなどとすることは、全て異端に導くものであります。しかし、少なくともこの例は、それとしての教訓を含んでおります。もっとはっきりすべてを見ることのできる私どもの曇りなき精神にとっては、それはすべての苦悩のそこに宿る、かの永生の無常の輝きを一層輝かしいものとするばかりであります。この輝き、それは解放に至るほの暗い道々を照らすものであります。あまつことなく悪を善に変えたもう、神の御心を示現するものであります。今日もなお、死と懊悩と叫喚のこの歩みを通じて、それは私どもを本質的な静寂に、あらゆる生活の本義に導いてくれるものであります。これこそ、皆さん、私が皆さんにもたらしたいと願った広大無辺の慰めなのであり、つまりこれを述べることによって、皆さんにはこの席から、単に懲戒の言葉ばかりではなく、また心をなごめる生気をもち帰っていただきたいのであります。』P115~P116

パヌルー神父は、信者さんと同様の境遇に置かれたため、彼らと目線を合わせるような接し方で民衆に語りかける演説を行っています。

 

惨事便乗型資本主義

 

ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』の説を用いますと、ここでは非常事態時だからこそ、神父の演説が一定の効果を示したと理解できます。この場合では、神父以外にも行政からの使者である役割りがあったと考えられるわけですから、権威筋の言葉として受け止められたことも多分にあり得ます。

とにかく、「何かにすがりつき、さらには確からしさを手に入れたい。」

そうした渦中で一体感を求めようとした際、心の中に油断ができたところに、この神父が伝道師としての役目を果たし得れたのでしょう。

 

冒頭の英語の翻訳

もしかすると、著者であるカミュの伝えたかったことと違っているかも知れませんが、筆者の個人的な受け止め方としてはそんな感じです。

『自分勝手に話す者は、自分の栄光を求める。しかし、自分をお遣わしになった方の栄光を求める者は真実な人であり、その人には不義がない。』(ヨハネによる福音書7.18)

 

その他、この小説を「ペストの蔓延をいかに防ぐか」という見地から捉えると、公衆衛生学(『公衆衛生に関する科学,技術を専門とする学問分野.公衆の疾病の予防,健康の増進などが主たる課題』―コトバンクより)の実践を試みた作品としても愉しめると思います。

 

文章:justice

 

 

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