この五濁悪世をどう生き切っていくべきか。
これが、一番難題です。
それには、自身の自己浄化という革命とその方法を伝えて、この五濁悪世を変えゆくために、そのような人を作って林立していく以外に方法はないと思う。
すなわち、人の善性をどこまでも信じて、敬っていく不軽の実践が求められる。
それには、悪は悪と言い切る勇気も必要です。
それに同調すれば、自分が悪に染まってしまう。
勇気が慈悲に通じると。
仏典に
「慈無くして詐り親しむは、これ彼が怨なり」、「彼がために悪を除くは、即ちこれ彼が親なり」と。
「慈悲心をもたずに、詐り親しむ者は、相手にとっての敵である」、「相手のために、その悪い点を取り除き、改めさせる人は彼の親のようなものである」という意味です。
しかし、怨嫉はいけない。恨んだり、妬んだり、憎んだりしてはならない。
そうすれば、自身を傷つけることになる。
人は全て宝塔なのだから。その宝塔を傷つけることは、自身の宝塔を傷つけることになるのだから。
文章:シャーペン
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