吉村萬壱『死者にこそふさわしいその場所』
この小説の舞台である「折口山町」に凄んでいる人達が織りなす奇想天外な行動に惹かれるのか。それとも嫌悪感を覚えるのかは、この小説を読んだ読者の判断にゆだねられます。
本書は、それぞれ(夫々)が独立した短編物語の様相を醸(かも)し出しています。パラレルワールドの世界感で構成されているのですが、やがて一つの物語として収斂していきます。
つまり最終章では、それぞれの物語が独立している中で、最小の単位として個人の個性が立ち現われてきます。各章は相互に完結しつつも、「折口山町」に暮らしている個性的な集団に束ねられながら終焉へと向かいます。そうして歪められたような現実世界が立ち現われてきて、表面上だけでも秩序正しくルールに則ってる様相を呈します。いや、秩序に従っていると見せかけるような遊び心もしっかりと備わっていました。
人々が偽りの安心・安全の社会に埋没していく様を描いた作品ともいえます。
著者である吉村萬壱は、この作品でこれまで用いていたリアル(グロテスク)な描写の他、形式美を追及した作品に仕上げようと新たなる試みに果敢にチャレンジしていたと、斯様に受け止めた次第です。
号砲が響きました。
「主砲-、右向け-、発射-」⁉️
『高岡ミユの言うように、彼らが皆社会的地位のある恵まれた人々であるとして、そうでありながら夫々が一時的にでも精神病者の振りをしなければならない何らかの理由を抱え持っていたとすれば、そのこと自体がのっぴきならぬ精神の乱調を物語っていると言える。しかしそれも、彼らが今正に共有したところの突然の哄笑が、心身の強張りを解し、且つ生の流動性を取り戻させた光景を目の当たりにすると、精神病者という外皮が、この解放の瞬間をより一層歓びに満ちたものにするために彼ら自身が意図的に纏った機械的不自由さだったのではないかと察せられて、そうであればこの集団の隠れた目的もあながち理解出来ないものではないような気がするのである。』(吉村萬壱『死者にこそふさわしいその場所』P200より)
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163914183
©『死者にこそふさわしいその場所』吉村萬壱 | 単行本 – 文藝春秋BOOKS
文章:justice