コラム

ショートショート:『心はひとつの出来事で救われる』

 

 幼稚園入園

 

雨崎冬木は幼稚園に入学する。

 

他のクラスメイトは友だちを作って楽しそうにしている中、自分だけは一人ぼっちだった。

 

輪に入れない少年は、第三者と会話をすること、距離を縮めることはできなかった。

 

ずっと一人ぼっちの生活を送る羽目になった。

 

少年は自分にいろいろな問いかけをする。

 

 楽しい話をできるようになればいいのかな。

 

 話題が豊富ならいいのかな。

 

 他人を和ませられるような人になればいいのかな。

 

 優しさを身に着けられたらいいのかな。

 

 他人を励ませるような人になればいいのかな。

 

 何か悪いことをしたのかな。

 

 自分に重大な欠陥はあるのかな。

 

 冬木は解決手段を身につけられないまま、幼稚園を卒園した。

 

友達はおろか、たまに話すクラスメイトすら作れずじまいだった。

 

周囲から完全に孤立していた。

 

 小学校入学

 

 小学校に入学した。

 

 状況は変わるかなと思っていたものの、好転することはなかった。

 

 冬木はずっと一人ぼっちの生活を余儀なくされた。

 

 友達の少ない人間に存在意義はないといわれる。

 

 冬木は次第に生きていてもいいのか、という不安にかられるようになった。

 

 一人ぼっちであることを家族には打ち明けなかった。

 

 両親に迷惑をかけたくないのではなく、まともな解決法を示してくれるとは思えなかった。

 

 大人というのはずる賢い知恵をたくさん持っている。

 

 他人を下敷きにしながら、のし上がっていく。

 

 平然と嘘を付く。

 

 当たり前のように人を騙す。

 

 他人を不幸にして笑っている。

 

 子供を見下している。

 

 子供である限り、ご飯を食べさせてくれること以外は決して信用してはならない。

 

 ちょっとした隙を見せようものなら、どん底に叩き落してくる。

 

 冬木はそのことを胸に誓いながら、小学校生活を送ることとなった。

 

 自殺未遂

 

 冬木は死ぬことについて考えるようになった。

 

 死ぬってどういうことだろう。

 

 感情を忘れられれば楽になるのかな

 

 生きる苦しみから開放されるのかな。

 

 楽しいことがあれば自殺は考えないけど、苦しかない少年は死んでもいいかなと思うようになっていた。

 

 水に飛び込めば一分としないうちに死ねる。

 

 近所にある深い川に飛び込んだ。

 

 本来なら水に溺れて死ぬはずなのに、どういうわけか助かってしまった。

 

 原理を説明しようにも、意味不明な出来事だった。

 

 少年は近くの病院に入院することになった。

 

 医師からは当分の間、安静にするようにいわれた。

 

 見舞いには母親がやってきた。

 

 普段は会話しないのに、こういうときだけ親のふりをするのか。

 

 どこまでも汚い。

 

 どこまでも腐敗している。

 

 汚れきった心は一生かけても治ることはない。

 

 冬木は母親への不信感を強めることとなった。

 

 病室に少女がやってくる

 

 一人ぼっちの病室に一〇歳くらいの少女がやってきた。

 

 見た目は同い年に感じられた。

 

 彼女はどうしてここにやってきたのだろうか。

 

 友達のいない少年はそのことが気になってしょうがなかった。

 

自分から話しかけることはできない。

 

 相手から声をかけてくるのをひたすら待った。

 

 ときはどういうわけかすぐにやってきた。

 

 少女は冬木に声をかけてきた。

 

「こんにちは」

 

 冬樹は挨拶を返すことにした。

 

「こんにちは」

 

 少女はこれほどとかというくらいに、ストレートに訊いて来た。

 

「どうして入院しているの」

 

「自殺を図ったんだ。助かったんだけど、経過観察を必要とするみたい」

 

「どうしてそんなことをするの」

 

「生きていてもしょうがないからだよ」

 

「君はそんなことを考えているの」

 

「うん。僕は生きていてもしょうがない存在」

 

「そんなことはない」

 

「そんなことあるよ」

 

 少女は諭すようにいった。

 

「人間は生きているだけで、価値があるんだよ。そうじゃなかったら、生命を与えられない」

 

「生きている価値を見いだせないから、年間に3万人くらいが自殺するんじゃない。楽しい世の中だったら、身を投げ出さない」

 

 少女はどのように話していいのか考え込んでいた。

 

「後ろ向きになってもしょうがないよ。前だけを向いて生きていこう」

 

「友達も作れないから、前向きになれない」

 

「他人を明るくすることはできないけど、自分の心に光を灯すことはできる。プラス思考で生きていこう」

 

 少女は手を握ってきた。小さいはずなのに、プラス要素を大いに包み込んでいた。

 

「ちょっとは元気になったみたいだね」

 

「どうして手を握ってきたの」

 

「励ましたいと思ったからだよ。それ以外に理由はない」

 

「友達すら作れない男を励ますなんて、物好きな人だね」

 

 冬樹の掌には、女性の体温がくっきりと残っていた。

 

「他の人から必要とされなくとも、私は大切な存在だと思っているよ」

 

「そうなの」

 

「うん。そうじゃなかったら、手を取ったりはしないよ」

 

 少女は体温を感じた方の手を、大切そうに見つめていた。

 

「たくさんの勇気、希望をもらえた。本当にありがとう」

 

 他人から感謝されるのは人生で初めてだった。

 

 少年は心が温まっていくのを感じた。

 

 生きていればこんなに素晴らしいことと巡り会えるんだって思えた。

 

 明日からは楽しんで生きてみようかな。

 

 人生はきっと好転するに違いない。

 

「ありがとう」

 

 少年は満面の笑みで、少女にお礼をいった。

 

 人生で初めて、絆を作ることができた。

 

 僕は一人ぼっちなんかじゃない。

 

文章:陰と陽

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