コラム

広井良則『持続可能な医療─超高齢化時代の科学・公共性・死生観』(ちくま新書):ケアを考えるシリーズ1作目

伏線としての「定常化社会」

高度成長を経た社会では、経済成長がなくても豊かな社会を構築できると考えるのが、所謂、著者が提唱する「定常型社会」です。

著者の広井氏は、大学を卒業後、厚生省勤務を経て1996年からは大学で教鞭を取るなど、学者の道を歩んできています。専攻は公共政策で、本書はそうした基本の知識を応用して執筆された作品と言えましょう。

本書を読み解く上では、タイトルに使われている「持続可能な医療」の意味を理解する必要があります。そのための伏線としてですが、冒頭に紹介した定常型社会が重要なキーワードになってきます。また、この辺りのことは、経済成長がストップした後、利子率がゼロになり、やがて資本主義の衰退が起きると説いた水野和夫の著書『資本主義の終焉と歴史の危機』と、思想的に通底するところがあると思いました。

『資本主義の発展によって多くの国民が中産階級化するという点で、資本主義と民主主義はセカンドベストと言われながらも支持されてきました。資本が国境を越えられなかった一九九五年までは、国境の中に住む国民と資本の利害は一致していましたから、資本主義と民主主義は衝突することがなかったのです。』(水野和夫『資本主義の終焉と歴史の危機』P81〜P82より)

多様な視点から医療を考える

さて、本書の内容については、問題意識を医療に置きつつ、「サイエンス(科学)」、「政策」、「ケア」、「コミュニティ」、「社会保障」、「死生観」とそれぞれに章立てを施しながら、日本における「持続可能な医療」の改善策を模索している体裁を取っています。
医療関係の話題の他、かなり多角的な視点を駆使して書いているため、本書を読み解くのは難しい作業になることが予想されます。

本書のサブタイトルである「ケアを考える」という位置から、その方向性を俯瞰すると、本書は戦後になって日本に根付いた社会民主主義を肯定的に受け止めながらも、その上でポスト資本主義の代替策として、日本の公共政策を医療の側面(他機関との連携やインフォードコンセントを包含したもの)からも捉え直そうと試みています。

地域主権による住民意識の変化

今後の公共政策の在り方としては、現行の国家による上から目線の支援体系を見直す時期に差し掛かっているとの見解を示します。そのような支援策は、国民の意識自体に施しを受けて当然だというような依存心を生み出していたのではないかと疑います。本書の中で著者は日本の施策体系を振り返りながら、自身の疑いを点検しながら明らかにしていきます。
つまり、現行の支援体系を著者は「国家支援型」と捉えます。そして、これからの支援体系は、国家支援型でなく、自治体が主体となるような、所謂、「地域支援型」に変えていかなければないと主張します。

国家支援型では支援を受ける側に権利意識が醸成されるに至った。ところが地域支援型に転換すれば、身近な地域の問題を、地域住民自身が考えることに繋がっていくのではないか。住民の意識が主体化されれば、公共的な支援体系を充実させる上で、税金を支払ってやむを得ないと、住民の考え方にも変化が見込めると推測していました。

税金に対する住民のコンセンサス

ちなみに、公共政策を充実させるためには、税収がなくてはならないものですが、日本社会にこうした「分配の正義」をいかに浸透させていくのかが、今後の課題として問われるだろうと、著者の広井氏は警鐘を鳴らしていました。

『「政府の借金」というと、日本では半ば、“他人事”のように思う人が多いのだが、要するに私たちは医療や年金、介護などの社会保障の「給付」は求めるが、それに必要なだけのお金(=税や社会保険料)を払おうとせず、その結果将来世代に莫大な借金をツケとして回しているのだ。』(広井良則『持続可能な医療─超高齢化時代の科学・公共性・死生観』P11より)

個人的な雑感として

本書における著者の主張は、上記の転載文からも分かるように「税金の徴収」を前提にしたものでした。

税金の程度を考える上で参考にしてほしいのが、本書とは別の観点からですが、「夜警国家」の考え方です。夜警国家とは、「国家の機能を、外敵の防御、国内の治安維持など最小限の夜警的な役割に限定した国家。」(デジタル大辞林より)のことを指します。つまり、それ以外のことは各個人が責任を持つので、「国家の介入はいらない」とする考え方です。国家の役割りが大きくなればなる程、それに費やされる資金が増大するのは、理の当然と言えます。

ですから最小国家観を良しとする人。あるいは市場の原理(神の見えざる手)に委ねたいと思っている人には、「増え続けていく税金を支払っていく」ことに対するコンセンサスを得ることは、著者の想像以上に困難を要するかと思います。

その意味で本書は、抜本的な改革を志向していると言うよりも、現行制度の補完的役割りに留まっているようにも感じられましょう。

文章:justice

 

 

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